乳がん予防切除の効果のエビデンスは確立していないが、遺伝子検査の結果と発がんリスクとの相関をどこまで有意だと信じるかによって『予防的な乳腺・乳房切除』の意義は変わってくるように思う。
がん(癌)には家族遺伝性があり、母親・姉妹が乳がんを発症していて遺伝子の変異もあれば有意に発がん率は上昇する。だが、それでも確率論におけるリスク上昇であって(家族が乳がんであってもそのリスクは2倍程度の上昇範囲である)、切らなければ将来絶対に発症するとまでは言えず、検査による『遺伝子変異の確認』のみの段階(家族因がなく自分も発がんの既往がない)では切って予防するというのは一般的ではないだろう。
乳房切除というのは『身体的な負担・違和感』もあるが、それ以上に『精神的な苦痛・女性アイデンティティの混乱』をもたらす可能性もあるものであり、既に片方の乳房に乳がんが発症したなど『次の発がんリスク』が相当に高くない限りは、少しでもリスクがあれば切除したほうが良いかは個別の価値観(リスクの見方)に拠るものだ。
世界的な知名度のあるハリウッドセレブのアンジェリーナ・ジョリーが、予防的な乳房切除と再建術をしたことで話題になっているのだが、彼女の場合は一流の医療スタッフの手厚いアフターフォローを受け続けられることが確実な経済力の裏付けがあり、『切除を決断したリスクの高低やその根拠(遺伝子・既往歴に関する極めてプライバシーな情報)』については報道でも十分に明らかにされていない。
遺伝子検査や家族因によって乳がん発症リスクが高いことが予見されても、現時点でがん細胞が検出されておらず触診・マンモグラフィーでも異常がないのであれば、日本では特に『予防的切除』のプライオリティーは低く、専門医の切除の推薦度も高くないはずだ。
発症していない状態でリスクだけを考えている段階であれば、定期的な検診や女性ホルモン(エストロゲン)抑制療法などの選択肢のほうが、心理的抵抗も小さく費用も安くなるが、アンジェリーナ・ジョリーのようなケースはよほど詳細な遺伝子検査をした結果として、発がんリスクの高さに確度が伴っていた(それに本人が納得した)のだろうか。
乳がんの生涯有病率は約6~7%で16人に1人が発症する(発症者の死亡率は20%,30代以降に発がん率上昇で40~50代がピーク)と聞くと、誰がなってもおかしくはないと感じる確率であり、近年は女性の高齢出産(出産数の減少)や子どもを産まない人の増加も、エストロゲン分泌量の多さ(妊娠出産によってエストロゲンの分泌が抑止される期間がないこと)による乳がん発症リスクになっているという。
『予防医学』としての乳房乳腺切除に関しては遺伝子検査の結果をどう解釈して判断するのかについての納得感・主体性の形成が重要であり、日本ではほとんど普及していない『遺伝カウンセリング(遺伝カウンセラー)』という医療分野における特殊(ニッチ)なカウンセリングを受けやすい環境整備やその分野の専門知識・相談経験が豊かな人材の育成が求められるだろう。