無制限の金融緩和と国債増発を打ち出したアベノミクスは、資金需要と成長期待への投資を前倒しする形で株価を押し上げたが、設備投資・消費者物価指数など『実体経済の数値』が思うように伸びていない。株価は昨年から7割超の値上げをして市況が賑わっているが、一昨日と昨日は500~1000円以上の下落と上昇を繰り返す『大商いの中の不安定さ』を見せ、日本株の6割を保有する外国人投資家が先物インデックスを売り浴びせるという場面も見られた。
株価は依然として上昇トレンドにあると見ることはできるが、株価の根拠となる実体経済の足場は未だ弱く、安倍政権の打ち出している『成長戦略(3本目の矢)』の実行可能性が国内外の投資家・投機家から注目されている。しかし、この成長戦略の大部分は『企業減税+大幅な規制緩和』だから、株式投資の利益とあまり関係がない一般労働者の生活実感まで押し上げてくれるかは不透明である。
能力不足(貢献不足)と見られた人材の解雇によるリストラで企業は活性化するが、その解雇規制緩和の煽りを食らう(勤勉さ・忠誠のみを取り得としてきた)労働者も多数出てくるはずだ。特に収入(ローン含む家計維持)の最低必要ラインが高くなってくる30代半ば以上のサラリーパーソンにとっては不安が高まる恐れがあり、企業成長と労働者の福利・安全は必ずしも並行的なものではない。
端的には安倍政権の成長戦略は『TPP参加・解雇規制緩和・法人税減税によるグローバル化促進』であり、GDP・株価に現れる日本経済全体を底上げして企業利益を伸ばすためには『グローバル化・経営効率化(解雇規制緩和)』は必要条件となる。
一方で、グローバル化の最大の問題点は、『市場原理の淘汰圧力』を過度に高め過ぎること、社会・企業のコミュニティ機能(所属・忠誠と報酬・保障の結びつき)を弱体化させてしまうことである。
『平均的な日本人の働き方・勤労意識』はまだそういったジョブディスクリプション(職務の専門的な役割分担・目標水準)にのっとって競争するようなグローバルな原理に適応できないし、参院選前に成長戦略の競争原理性を強調し過ぎると、自民党の支持基盤からの突き上げは非常に激しくなるだろう。
外国人投資家が安倍政権の成長戦略の実行性や財政再建(国債償還)の覚悟を疑っていることは、最近の株価の動きにも反映されている。
だが、『女性労働力の活用+育児休暇3年の保障』『企業減税(法人税引き下げ)+解雇規制緩和』『優遇税制による設備投資の呼び込み』『農業所得・農産品輸出の倍増計画+企業参入の規制緩和・農業従事者の若返り』『複数の原発再稼動による電力料金の抑制』などの安倍政権が打ち出している成長戦略のオプションの多くは、国内の抵抗・反対の強さと企業成長と背反する労働者の所得減少によって即時の実行が至難とされるものばかりである。
中長期的にはこれらの成長戦略は実現されることになる目算は高いが、現状ではTPPと関係する農業復興の抜本的改革・若返りすら手をつけることが難しく、女性労働力活用と育児・仕事の両立のための育休増加プランなどは性別役割分担を忍ばせた画餅のような危うさがある。
『企業減税・優遇税制による設備投資増加』でお茶を濁しつつ、複数の原発再稼動に含みを持たせるくらいしかできない可能性が高い。解雇規制緩和による雇用の量の増大や能力別評価の流動化(不当な格差是正)は『優先度の高い改革』ではあるが、『日本企業の査定基準(給与制度)・日本人労働者の自己評価基準(転職可能なポータブルスキルを考慮しないメンバーシップ型雇用の定着の強さ)』を考えると、現時点での解雇規制緩和・専門性とスキル別の人材活用の導入はいたずらな混乱と解雇される生活困窮者の増加を招くかもしれない。