29歳の容疑者(介護福祉士)が老人福祉の仕事に従事している理由も、『入所者や家族の役に立ちたい』という思い以上に、『仕事を通した自分の存在価値や仕事ぶりを認めて褒めて欲しい』という承認欲求に重点があるようにも感じられるが、3年前の事件を起こした特別養護老人ホーム『フラワーヒル』は、容疑者が資格だけを取得して実務経験があるという履歴の虚偽申告をした上で(後に実務面の虚偽申告が発覚してわずか1週間ほどで職場から依願退職をさせられているが)、初めて介護福祉士として働き始めた職場だったという。
仕事上の自分の存在価値を示すために、自分でその仕事の需要を生み出して注目を浴びたいという犯罪の類型は実は珍しいものではなく、今までにも消防署隊員が自分で放火をして出動回数を増やしたり、警察官が虚偽の事件をでっちあげて捜査体制を準備したりした『職業上の狂言と承認(注目)にまつわる事件』は散発的に発生している。
統計的には、年齢的に若い人(働き始めての年月が浅い新入隊員・社員)が引き起こすタイプの犯罪に分類することができ、消防隊員や警察の狂言事件では『当初の使命感・やり甲斐・承認欲求』を満たすような火事・重大犯罪がずっと起きない虚しさや退屈感に耐え切れずに、放火をしたり事件のでっち上げをしてそれを解決する自己像をイメージして興奮を味わうという心理が見られる。
この29歳の介護福祉士は傷害致死で『他者の死』を引き起こしているという意味でより悪質性は高いが、今まで良く言われていた『看護師・介護士の感情労働の疲弊・限界による虐待リスク』が、異なる方向(ストレスや疲労の限界ではなくもっと自分を認めて欲しい、注目して賞賛して欲しいという自己愛の欲望の肥大)で発露されたタイプの事件だと言えるだろう。
エニアグラムの性格テストではこういった性格は『タイプ2:援助者(支援者)』に分類されることになるが、このタイプは『他人のために親切に動いて自分を顧みず、献身的な援助をすることに生きがいを見出すが、無意識的にその親切・援助に対する感謝や賞賛を求めてしまうところもある』という風に説明されることが多く、『無償の援助・親切』に徹しようという心がけが裏目に出て対人トラブルを起こすことがある。
援助者(支援者)の多くは『無償の援助・親切』とまではいかなくても、ちょっとした感謝の言葉やねぎらいの態度で十分な心理的報酬を得て頑張って働ける人が多く、基本的には他者に対して優しく思いやりのあるパーソナリティーだと言うことができる。その一方で、『自分がこんなに良くしてやっているのに(こんなに頑張って自己犠牲を払っているのに)』という思いに圧倒されてしまう時には、自分の存在や努力を認めてくれない相手・環境を逆恨みしてしまうという落とし穴もあるし、ちょっと押し付けがましく煩わしい人のように見られてしまうこともある。
この事件の容疑者となった介護福祉士は、エニアグラムの『タイプ2:援助者(支援者)』が持つ『表面的には無償の奉仕を装っている自分の頑張りに対する見返りを求める・自分が認めらない状況や相手に苛立って我慢できなくなる・誰かに注目されたり感謝されていないと仕事のやり甲斐を感じられない』といった短所の側面が、異常に大きくなってしまった事例(承認欲求・自分の存在実感のために他者を道具化してしまうリスクに落ち込んだ事例)のように見えた。
もう一つの動機の可能性としては、履歴書に介護の実務経験がないのにあるという虚偽記載をして採用されていたため、少しでも早い段階で『自分の職場での存在意義(役に立つところ)』を上司にアピールしておきたかった、虚偽記載ができるだけばれないような働きぶりを見せなければならないと気負いこんでいたという保身(虚言がばれないための作為)もあるかもしれない。
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埼玉の特養老人ホーム『フラワーヒル』で3人の傷害致死事件1:老人福祉施設における死因確認と事件の見過ごし