生活保護の政策的な減額に対する集団訴訟2:生活保護給付水準が高いと思われはじめた背景

憲法25条は国民主権と最低労働条件、社会保障をハイブリッドした条文であり、その本来的意味は『生活に困ったら国に助けてもらう』という依存的・受動的な国民規定の趣旨ではなく、『生存権の実現のために国・企業の不正な構造や貧困に導く制度設計を是正していく(貧困に押しつぶされずに労働・政治・連帯を通して生存権の権利維持を訴える)』という自立的・能動的な規定として読まれるべきだろう。

この記事は、『生活保護の政策的な減額に対する集団訴訟1:労働者層と生活保護層の境界線の揺らぎ』の続きになっています。

国家権力から完全に保護された国民は、逆に国家からその生活行動を完全に管理されて支配されるような弱い客体(統治される存在)にならざるを得ない。その意味でも憲法25条の生存権は、『全面的な依存・無条件の社会保障』ではなく『不正な構造改革や個人の尊厳を背景とする生存権の要求(身体・精神・雇用が不可逆的に損傷されていない限りは自立心を放棄しきらない上での生存権の要求)』としてあるべきなのかもしれない。

生活保護の給付水準が高いのか低いのかの判断は簡単にはできないが、一般的に生活保護給付水準は『基準世帯の平均所得の約50%前後』に設定されている。しかし、この社会全体の平均的な所得世帯とされる『基準世帯』というのが、大体月額30万円程度の収入を得ている正規雇用層なので、現状では『平均以上の収入を得ている世帯』と見なされやすく、働いていても30万円までは稼げていないという人が多いのも確かである。単身世帯の生活扶助の金額は東京でも10万円未満であり、生活保護が特別に高い水準にあるかというと微妙だとは思うが。

基準世帯の50%の給付水準となると、ちょうど非正規雇用やアルバイトと同程度の収入になり、若年層を中心にして非正規雇用層が増大したり、正規雇用の労働条件や負担感がきつくなっている中で、『生活保護層が不当に優遇されていて、労働に対する報酬(実利)は減っている』という被害者意識や不公正感に結びつきやすくなっている。一般的な労働者の所得が減少傾向を示し、デフレ経済で物価も安くなっていることが、『生活保護給付水準』を相対的に高くしている構造問題がある。

生活保護世帯数と保護率の推移

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2950.html

働いている人の『真の平均所得』が、生活保護層の生活扶助の2倍以上の所得がある時に、『労働に対する報酬』に納得がいきやすいという風に見ることもできるかもしれない。生活保護には医療費免除の『医療扶助』もあり、『生活扶助』と『医療扶助』を区別しているところも、『生活扶助と同程度の収入』から医療費もやりくりしなければならない労働者の不満を買いやすい。

ただ生活保護は、本来、通常の労働に耐えられないほどの身体的・精神的な疾患や障害がある人が多い(そうでなければ一時的保護はあってもいずれ働き始めなければならない)という前提があり、定期的な通院入院を要する健康状態にあると見なされていたために医療扶助が認められてきた経緯がある。医療扶助が社会的入院や意図的な働けない理由づくりなどに悪用される問題などの防止は必要だが、『本当に医療を必要とする社会的弱者』が最低限の医療を受けられる制度そのものは必要だろう。

生活保護者が増加した最大の要因は『高齢貧困層の増大』であり、それまで日雇い労働などで何とか生活できていた(公的年金の社会保障がないか少ない)高齢者層が働けない健康状態になってきた影響が大きく、今後も『生活保護受給をしなければ生存できない高齢者層』はどうしても増加していくだろう。

現在、生活保護を非難している若年層であっても、非正規・無職層の社会保障(年金制度)の加入履歴や家族形成率は危機的状態にあり、また年金給付開始年齢が68~70歳以上になることが確実視されることから、60代以降に経済的に自立困難な高齢者層は減るよりも増えると予測するほうが現実的である。

憲法25条の生存権(社会権)を巡る政治的・意識的なせめぎ合いは、『生活保護の問題』だけではなく『労働者の最低賃金(給与水準)・労働条件(過酷労働)・社会保障の問題』でもあり、この問題の抜本的解決のためには『労働者層の実質的な所得と社会保障の水準の引き上げ(働くことの価値やメリットを実感しやすい環境整備)』と『労働市場から脱落した失業層の再チャレンジ(雇用)を可能にする政治・企業の協力姿勢』が必要になってくる。

もっとも問題なのは、『日本の最低賃金』は先進国としては生活保護と変わらないほどの極めて低い水準にあるということであり、『企業の経営状態・国際競争力』に配慮するために最低賃金の大幅な引き上げも殆ど不可能だということである。最低賃金が時給ベースで1000~1200円以上くらいになれば、働ける人が生活保護を受給するモチベーションは大きく下がるはずだが、現状は『最低賃金と生活保護水準』がお互いに低めあっているような好ましくない構造(最低賃金が安いから働く意欲を促せない・国が最低限と認める生活保護水準が低いから最低賃金もそれに準じて低いままで良いとされる)がある。

将来、生活保護受給水準に該当する国民の数は増加する可能性があるが、その増加を支えるだけの財政基盤が日本政府になくなっている恐れも強い。合理的に予測される生活保護負担の増加に対抗する予防的措置(生活保護を支給しないことの正当化)として、『生活保護給付の減額や査定見直し・社会的制裁のようなバッシング・生活保護を受給させないための国民の意識改革』が政治的に行われている節もある。

(本当に労働困難な心身の健康状態にある人や極度の老衰・認知症のある老人などを除いて)『労働条件の改善・就労支援の充実』と『自立意識の強化・現状転換の動機付け』を同時並行的に進めていくことが求められる。