イスラーム圏(イスラムの人口・経済)の拡大は、21世紀の世界に何をもたらすか:2

宗教人口の最大勢力はキリスト教であり約22億人の信者(世界人口の約30%超)を抱えるが、イスラム教は約16億人の信者(約23%超)がいて、その信者数はアジアとアフリカの人口の多い地域で急増していて、2050年頃にはキリシタン人口を抜くという予測もある。

イスラーム圏(イスラムの人口・経済)の拡大は、21世紀の世界に何をもたらすか:1

これは『共同体・宗教観念』に縛られない自由で豊かな個人が織り成す欧米社会を模範とする世俗化と近代化を、『歴史発達段階の必然的プロセス』と見なすことが難しくなってきた予兆でもある。今までの進歩史観では説明のつかない事態であると同時に、近代化・科学的思考(実証主義)の導入が進めば進むほどに神や宗教の存在を信じなくなるとされていた人類の意識変化とも逆行しているように見える。

だが、現実はイスラーム圏の民主化はイラクやエジプト(ムスリム同胞団)、アフガン(タリバーン)がそうであるように『イスラム回帰(世俗主義否定・政教一致支持)』であることも多く、軍部(独裁政権)よりも民意(民主主義)のほうが逆にイスラームの教義や世界観に忠実な生き方や法律を望んだりもする。

民意を尊重した選挙の結果として、イスラム原理主義に近い政党(イスラームの教義や共同体の掟に忠実な昔ながらの生き方の強制や原点回帰)に支持が集まることも多く、欧米が民主主義政体として想定する民主化と自由化、人権擁護(男女平等)とがセットになった政治改革はイスラーム圏では全く常識としては通用しない。

最も成功した世俗主義のイスラーム国家であるトルコにおいてさえ、建国の父ケマル・アタテュルクが掲げてきた『政教分離原則の国是』が緩やかに覆されるのではないかという臆測も強まっており、エルドアン政権は地方・農村のトルコ国民の支持を受けて『イスラム回帰色・反自由主義路線』を進めようとしているとされる。

自由な経済活動や飲酒も可能な世俗主義の生き方に順応しているトルコの都市部の国民(経済的にも比較的裕福な階層)は、確かにエルドアン政権の『イスラム回帰の政策や価値観』に猛烈に反発してデモを連発しているのだが、『イスラームの宗教規範を個人の私生活や政治に直接持ち込んで干渉するな、政教分離原則を守り続けなければいけないという都市部の価値観』そのものは、トルコ全体ではマイノリティに追い込まれているのである。

地方の経済的に豊かではない農村部では、『ムスリムらしい敬虔な生活をすべきだ・今のトルコは行き過ぎた自由で堕落しつつある』といった昔ながらのムスリムの生活規範を取り戻そうとする復古主義のほうが勢力を得ており、トルコの国是である政教分離原則を実力で守り続けてきた軍部の勢いを選挙の連勝(国民の数の力)で削ぎ落としてきている。

公正な選挙によって反自由主義や政教一致への回帰のほうが支持されるというのは、『欧米的な常識・価値観』からは想定外の事態であり、『アラブの春』に期待していた民主化・自由化・個人主義化の風は完全に逆風となって吹き荒ぼうとしている。しかし、イスラームは全てのムスリムが帰属して守られているという共同体感覚の砦であると同時に、イスラム経済は社会正義の実現や富の公正配分、社会的弱者の救済(ザカートの救貧税)としての正当性が支持されてきたという経緯もあり、先進国の資本主義とは異なる形での社会民主主義的な経済システム(一時期はイスラム経済と共産主義との融合も目指されたがソ連崩壊で挫折した)が運営されている。

欧米の歴史プロセスをスタンダード化する見方としては、イスラーム国が経済成長して一人当たりGDPが大きくなれば、宗教生活・共同体的規範よりも物質生活・権利感覚に興味関心が動いて、かつてのキリスト教圏でドミノ倒しのように起こった『世俗化・宗教規範の弱体化』が起こるという見方もあるが、現状、そういった価値観の大変化が本当に遠い未来で中東・アフリカなどに起こるのかは不透明である、少なくとも現時点ではアラブの富裕層(宗教的背景を持つ身分制度の既得権もあるので純粋な信仰かどうかの見極めも要すが)であってもその兆しは見えてきていない。

イスラーム圏とヨーロッパの境界線にあるトルコ、イスラーム圏とアジアを架橋する位置にあるマレーシアは、共に非ムスリム圏と共存できる程度の柔軟性を持つ国であり(原理主義・テロリズムの脅威が低く)、ゲートウェイとして『地政学的・グローバル経済的な重要度』を高めてくると予測されている。

世界全体のハラール認証(ムスリムの禁忌を侵していない商品であることの認証)の食品市場は約55兆円規模、医療品・化粧品などの生活関連物資市場は約155兆円規模という巨大さであり、この市場は今後も拡大を続けるため、非ムスリム圏の国々の企業にとっても『ハラール認証の取れる商品の輸出増加』は軽視できない課題になってくるだろう。

21世紀はグローバリゼーションの時代ではあるが、数年前まで必然的な歴史プロセスのように言われていた『欧米主導のグローバリゼーション(すべての国が民主化・自由化・市場化・英語の大波に呑み込まれるグローバル化)』が今後もずっと続くという保証は確実ではなくなってきており、特に『イスラーム圏(イスラム経済)の拡大と原理主義への回帰』と『中国の復興と領土的・経済的な野心』という非近代的な政治・宗教・軍事の動き(近代化に乗り遅れた二大帝国の巻き返しの流れ)を理解すると同時に警戒しておかなければならないだろう。

近代化に乗り遅れた二大帝国は再び『巨大市場』を携えて巻き返してきたが、中国は一人っ子政策と高齢化・福祉コストの増大、労働賃金の上昇によって、イスラームよりかは成長の頭打ちの速度が早いと見られるが、イスラームは年齢別人口階層が極端に若いことや人口増加率も高いことから、中国以上に持続的な成長の潜在力を持っている面もある(しかし中国以上にイスラームは宗教・文化・生き方・人権の異質性が大きいこと、イスラーム圏内部の対立構造が無数にあることが将来のリスクにもなってくる)。