物理学の究極の謎は、定量的研究の前提となっている『数値化された時間・空間』にある。1秒、1分、1時間などの数値化された時間というのは、僕たちにとってあまりにありふれた時間単位であるため、その実在性を改めて疑うことは滅多にないし、『時間が流れたり過ぎたりする感覚』は住民票(戸籍)・家族・社会制度があり、年齢や速度(移動時間)を意識するようになった人間にとっては当たり前の感覚とされる。
しかし、未開民族には自分の誕生日や年齢を知らない人も多いし、時間感覚も『時計で測れる時間』には依拠しておらず、何時何分というような概念を持っていない。太陽の動きと日々の生活リズムによって大まかな時間を知るだけであり、誰が年上で年下かくらいはわかるが、具体的に自分が何歳であるか相手と何歳の年齢差があるかなどについての認識は大雑把なことが多い。
公的な住民登録制度がなく誕生日を祝う習慣、同年齢の他者と学校に通学させる制度(企業に就職する仕組み)などがない自然と共生する社会、人口規模が極端に小さな集団に生きていれば、恐らく誰もが『自分の誕生日・年齢』についての認識は曖昧になるだろう。
常識的には、時間・季節の流れは『地球の自転・公転、地球と太陽の位置関係』によって規定されたり、1日を24時間、1年を365日と定めた定義に従う『時計の針の動き』によって時間を確認しているが、これは厳密には『時間』ではなく『一定速度を持った天体・針の運動』である。何らかの運動や変化を観察せずに『時間』を確認することはできないが、時間は決して止まることがない、あらゆる場所で絶えず流れているという仮定は強固なものとしてある。
生物にとっての時間とは『個体が老化・死に向かうベクトル』として理解することもできるが、時間が経過すれば既存の秩序(ネゲントロピー)はすべて緩やかに崩れていくという『熱力学第二法則(エントロピー増大則)』の現象が、時間が存在することの証拠と考えられることもある。
エントロピーとは『乱雑性・無秩序性』といった意味であり、何もしなければ既存の秩序は必ず必然的に崩れていく、家を放置すれば埃が溜まり屋根・壁がボロボロに汚れて最後は朽ち果てる、人も生物も長い時間が経過すれば老化して死に接近する、そのプロセスの背後に流れているのが熱を高い場所から低い場所に放散させていくような働きをする『時間』というわけである。ここでは、永遠に変わらないものが決して存在しない(形あるものは必ず壊れる)という諸行無常こそが時間になっている。
しかし、不確実性が高まって様々な秩序を崩していくエントロピー増大は、『生命現象(生殖や代謝)・仕事(生物の働きかけ)・熱量(エネルギー)』によってその増大の速度を送らせたり、個体の生命現象の終焉を次世代につないでリセットすることができるため、『エントロピー増大』と『等質な時間の定義(どこでも等しく流れ続ける時間)』を同一化させることは難しい。また、エントロピー増大が時間の実在の根拠になるとしても、その増大の流れを定量化して分かりやすく数値化することはできない。
しかし、宇宙も世界も生命現象がなければ、無秩序が増大するエントロピー増大のベクトルを抑えられる要素が殆どないというのは『人間原理』にも通じてくる面白い視点かもしれない。太陽のような恒星が光として放射する熱エネルギー、火山活動・地殻運動(プレートテクトニクス)がもたらす熱エネルギーによって、一定のエントロピー抑制はあるかもしれないが、『無機物しかない世界(天体)』に流れる時間というのは、観察者がおらず生命体の変化もないため、そこに時間があるか無いかを考えても原理的に意味がない。
宇宙空間の構造についての仮説は、『直線のベクトルがどこまでも続く平坦な3次元空間』『地球のような正定曲率の3次元空間』『球の内面をひっくり返したような負定曲率の3次元空間(人間の知覚を超えている空間)』『非自明的なトポロジー(永遠に循環するような特殊構造)』のいずれかだとされるが、現時点では『平坦な3次元空間(空間の歪みがないか小さい構造)』が宇宙の観察結果(温度ゆらぎ)から最も強く支持されているようだ。
宇宙に存在する全ての物質(元素)は、ビッグバン後のわずか1兆分の1秒の間に生成されたと仮定されているが、宇宙にある全ての元素の質量エネルギーは、宇宙全体の構造を支えているはずの総エネルギーのわずか4%にしかならず、残り96%の質量エネルギーがどんな物質や力から生み出されているかは不明で、それらを総称してダークマター(暗黒物質)とかダークエネルギー(暗黒エネルギー)とかいう概念で表現している。
これらの概念は、計算上は必ず存在するはずのものであるが、現時点でダークマターの存在を観察できた科学者は一人もおらず、ニュートリノ(宇宙誕生の初期にできた素粒子)とダークマターも異なる物質という結論が出ていることから、ダークマターやダークエネルギーが具体的にどのような物質や力(熱)を意味するのかは分からない。
ダークエネルギーは全宇宙にあるエネルギーの9割以上を占めるため、ダークエネルギーがどれだけの強さを維持するかによって、『宇宙の膨張速度』が変化して宇宙全体の最終的な帰結を決定すると言われる。だが、それは1兆年を何回も1兆倍するような途轍もない時間スケールの話で、太陽系自体の寿命を遥かに超越しているので人類には全くもって無縁な話になってしまう。
ダークエネルギーが一定の強さを持つ真空エネルギーだと仮定すれば、宇宙は永遠に膨張を続けてどんどん質量を希薄化させながらも、宇宙は終わりなく続くことになる。
純粋に数学的な計算では、スティーブン・ホーキングが『10^100年の時間(もはや数字としての用途がなく人間にとって意味もない数字だが)』が経過すれば、すべての天体を巨大重力で飲み込んだ超巨大銀河のブラックホールが蒸発して、すべての物質は素粒子・光子レベルまで分解されお互いの距離が極めて遠く離れていくため、宇宙は存在するがその中身は空っぽ(素粒子間の密度が無限大に小さい)といった状態が永続すると予測されている。
どんどん終わりなく膨張して素粒子の密度が極大まで小さくなる宇宙の未来に対して、密度が極大まで大きくなってビッグバンの初期状態にまで爆縮されていくという宇宙の未来の仮説もあるが、これはビッグバンとビッグクランチを永遠に循環して繰り返すという『振動宇宙論』である。
しかし現在では、ダークエネルギーの強まりの影響で、宇宙のインフレーションが次第に加速して無限大にまで高まった時に、宇宙そのものが消滅するという仮説(仮想的な宇宙項を挿入して説明するモデル)が有力視されている。その観測的な根拠として、1998年に観察された遠方超新星の爆発があるが、『宇宙・時空の消滅』というのも人間にとってはその状態のイメージさえも思い浮かばない無意味な概念かもしれない。
宇宙の全ての謎が実証的・経験的に解き明かされる可能性は現時点ではゼロに近いが、理論的・数学的には『人間にとっての無矛盾性のある理論』が完成度を高める可能性はある。
しかし、わずか100~200年程度の近代の歴史で飛躍的に科学・技術・素材・道具を発展させ、ここ数十年だけでも『過去のライフスタイル』と『現在のライフスタイル』を劇的に転換させた人類の足跡を考えると、『科学技術文明の持続期間』が十分にあり、今までと同程度以上の速度で技術的・理論的なイノベーションが繰り返されるなら、『未来の人類が保有できる知識・技術・道具』は今の僕たちからは想像もできないほどに高度なものになっているだろう。
そのためには、現在の科学技術文明を数千年、数十万年の単位で持続的に発展させていかなければならないが(文明・科学の断絶や素材・燃料の資源の枯渇を防いで前に進めなければならないが)、『宇宙の謎・太陽系外への移動・他の天体への移住(生態系の段階的移植)』に実証的に届くまで進歩できるのか、それ以前に『資源枯渇・戦争や核兵器・環境汚染・価値観の変化』などで人類が絶滅してしまうのかを考えると……現代の延長線上(有限な資源の大量消費を前提として異文化間の衝突も多い文明)での進歩史観が、何万年以上のスパンで続くというほどの楽観をするのは難しいかもしれない。
しかし、宇宙の途方もない広さや恒星(エネルギー源)のある惑星系の多さを考えると、宇宙のどこかには人類と同等かそれ以上の文明・知識を持つ知的生命体がいると考える方が自然だが、宇宙が加速膨張しているのが真であるなら、未来永劫、他の知的生命体やそれらが作り上げた文明世界・知識体系とのコンタクトが不可能なのは残念かもしれない(倫理観・生命観・技術力の大きな違いからコンタクトが人類にとって単なる災厄になる恐れも強いが)。