アベノミクスによる異次元の金融緩和によって、国債残高を積み上げながらも消費者物価指数がじわじわと上がり、一部の上場企業では賃上げの機運も見え始めた。1,000兆円を突破した公的債務残高の増加は『長期金利の上昇リスク』であり、日本の国債の信用力が低下することによって財政政策と社会保障が維持できなくなるというリスクであるという点に留意しておきたい。
安倍政権はデフレ脱却のための物価引き上げ目標(インフレターゲット)を2.0%に設定しているが、政策的なインフレ誘導は別に『景気回復・賃金上昇』を約束するものではなく、原則としては『物価の上昇による売上高の増加』を起こすというだけである。
円安と資源高騰によって、『食料品・ガソリン・電気・ガスの値上がり』が起こっており、消費者の負担感は既に消費税数%に相当する程度に上がってきているが、その負担感を上回るだけの『所得上昇・雇用増加』は殆ど起こっていない。数字上の景気回復と庶民の暮らし改善の実感の乖離があるところに、2014年4月の消費税8%が待っているため、常識的に考えれば『個人消費の落ち込み』は回避できず、賃金上昇があるにしてもタイミング的に間に合わないだろう。
アベノミクスの成長戦略は基本的に、『法人税減税・経済特区・設備投資減税・復興特別法人税廃止』に象徴されるように、企業の業績回復と株価上昇を集中的にバックアップすることでその利益の上昇部分を労働者に配分させようとするものだが、ここには二つの『所得上昇の壁』がある。
一つは企業が内部留保を積み増さずに、増加した利益部分のすべてを労働者に配分するという保証などはないこと、もう一つは経団連に加盟するような大企業ではない企業は大して利益が増えていないことであり、中小零細企業の従業員やアルバイト・パートなどの人の所得がアベノミクスで増えるだろうという道理はないのである。
政府が少ないと見てもっと賃上げせよと経団連に指導している平均給与は月額31万4000円であるが、残念ながら過半の労働者はこの金額の給与に及んでおらず、下がっていると言われる給与水準よりも格段に低いのである。少ないといわれる約30万円の月収であっても、すべての日本の労働者に実際にその収入があれば、個人消費は間違いなく上向くが、実際には非正規雇用やアルバイトだけではなく小さな会社の正社員では30万円の給与に届かない。
また時給で給料を貰っている非正規やアルバイトの賃金をアップさせるためには、できるだけ人件費コストを削りたい企業の自助努力に頼るのでは限界があり、法律で最低賃金を1000円以上などに強引に持っていくしか方法はないが、それだと今度は中小零細の経営そのものが行き詰まる恐れがあり八方塞がりである。
市場原理・労働意欲と照らし合わせた賃上げと庶民の暮らしとの相関の難しさは、『コスト対効果・新卒採用主義のキャリア・利益をもたらす人材価値』などにもあるが、それ以上にマクロ経済の原理原則が『コモディティな労働(主に生活のために働いている人・仕事そのものの内在価値を薄く見る人)の対価を、楽ができない程度の給与水準に抑えないと需要だけ増えて供給が不足する=人間が働かなくなったり紙幣が紙屑化する』という部分に定めていることがある。
すべての人が毎日の生活に必要な最低限の財を、きわめて楽な労働負担で賄えるようになるというのは『理想社会』ではあるが、例えばアルバイトの最低賃金を時給3000円に設定して、平均的な正社員の時給換算を6000円にした上で、『現在のままの物価』を維持できれば、誰も生活には困らなくなるし正社員はバイトよりも二倍の給料が得られるのだからいいではないかとなりそうだが、実際にはそうはならず物価がそれ以上に高騰したりフルタイムで働く労働量が激減する。
何よりノンスキルで特別な職能や生産性がなくてもその場でちょっと働きに出れば、最低時給3000円が絶対的に保障されるのであれば、スキルや資格獲得、就職活動などの意義が余りに弱くなり過ぎてしまうし、『商品・サービスの生産コスト』とのバランスも大きく崩れる。