「にちりん3号(宮崎空港行)」から「ゆふ2号」を乗り継いで、一番早く由布院駅に着くのが9時7分。温泉リゾート地としての規模は小さいが、由布岳が間近に迫る露天風呂に浸かるのに絶好のロケーションと町馬車・自転車で気軽に回れるコンパクトな温泉街の作りが受けて、今では別府と同程度の観光客を集める町になっているようだ。
料理付きの温泉旅館は結構高額だが、立ち寄り湯の温泉そのものは一般のスーパー銭湯よりも安いくらいの価格で入れる所が殆どである。温泉の泉質は酸性度が高いのでやや刺激感があるが、創傷・皮膚疾患・神経痛・疲労等への効能があり、お湯の肌触りはとろりとした感じで気持ち良い。割安な温泉スパリゾートのような施設もあり、駅から離れた場所にも温泉は無数に点在している。数そのものは別府よりは少ないが、硫黄臭が弱いので人によっては湯布院の温泉のほうが好きなのかもしれない。
少し前の風邪が完治していないようで、電車内で軽い吐き気がして胃の調子が余り良くないのが気になったが、登れないほど体調が悪ければ途中で引き返して由布院観光でもして帰ろうと思い、とりあえず登山口まで行くことにした。由布院駅から由布岳登山口までのバスを待ち、10時ジャストに登山口に到着。登山口は広い駐車場とトイレなどがあり整っているが、峠特有の強い風が吹きさらしの場所だけに停滞しているとさすがに寒い。すぐに登り始めることにした。
由布岳は標高1583.3mの独立峰で、富士山にも似たその山容は極めて個性的でどこから見ても他の山と間違うことはなく、湯布院の町からはどこからでもその姿を眺めることができる。別名を『豊後富士(ぶんごふじ)』と称されるが、万葉集に四首の歌が収載されるなど、飛鳥・奈良の時代の古くから霊山としての信仰を集めていた。
温泉リゾートとしての価値も、由布岳を眺めながら露天風呂の温泉を楽しめるという所にあり、頂上がうっすらと冠雪し始めた姿にも季節の変化を体現した趣きがある。由布岳はマタエという地点を分岐とする『西峰・東峰』の二つのピークを持つ双耳峰で、頂上付近の形姿が複数に割れたトロイデ型火山と呼ばれるタイプの火山である。数万年以上は火山活動はないが、ウバガウジと呼ばれる植生に覆われた噴火口跡もあり、マタエから先はかなり急峻な崖に近い岩場になっていて慎重な登攀が求められる。
当日は、エアレスキューの救助隊のグループが訓練のための登山をしていて前半の途中まで一緒だったが、頂上付近の岩場から一般登山者が降りられない場所をロープを使って懸垂下降したり、登山道から外れた斜面で湯を沸かして炊事をするなどの訓練をしていたようだ。
コースの3分の1程度に当たる、草原と落葉が始まった林の中を抜けていく『合野越(ごうやごし)』と呼ばれる休憩スペースまでは、平坦な道でそれほどきつくなかったが、そこから先は『マタエ(東西の頂上分岐)』まで進むジグザグとした岩石の多いジグザグとした登り道が延々と続いている。体調がいまいちなこともあり結構きつかったが、登山ガイドブックでも体力度は4段階中の3とあるので、もう少し暖かい季節に万全の体調で登ってもなかなか体力の要る山だろう。
僕は早く登って早く下りるために平均よりも少し早いペースで歩いたつもりだが、10時に登り始めて14時半の下山で約4時間半かかったが、ガイドブックのCTは4時間40分でほぼ同じである(ガイドブックのタイムは休憩時間は入れないので実質はこれより長くなる人も多い)。
マタエに到着する辺りからうっすら雪のついた道が増えて、風が強くなって寒くなってきたが、マタエは長時間立ち止まることが難しいくらいに気温が低かった。ここで会った二人と雑談したのは楽しくて良かったのだが、やはり動いていないと急速に体温が奪われ寒くなる。一人は話している途中で「本当に寒くなってきたので降ります」と言って急いで降りていったが、僕も手と足の先がいつの間にか相当に冷えたが、この冷えは下山して温泉に入っても容易に収まらなかったので、数日前の風邪の影響もあるのだろうが体温低下の危険性を改めて感じた。
食欲もあまり無かったので軽くサンドイッチを食べて熱い紅茶を飲み、マタエから美しい樹氷を眺めながら急な岩場を登って東峰の頂上に到着。頂上はマタエ以上に強風で寒さも厳しいので写真だけ撮ってもらって撤収した。
頂上で手袋を取ったまま、素手で湯を沸かしたりしてのんびり食事している人もいたが、低温耐性が常人離れしているのだろうか…。体温の上での寒さの問題もあるが、胃の強さというのも冬場の登山では重要だと感じた。僕も胃がそれほど丈夫ではなく、寒い時期に体調・ストレス状態の悪化が重なると食欲が低下することが多いからだが、風・雪のある寒い山地ではより胃が冷やされて平地以上の食欲低下やむかつきも起こりやすくなる。
由布岳の東峰への道は急な岩場だが、西峰への道は絶壁に近くて足場も細いので、強風に煽られて足場を外さない十分な注意が要る。『障子戸・ナイフエッジの尾根』は結構な高度感があるので高所が苦手な人はやめたほうが良いが、いったん登り始めると急崖を下りるほうが危なく、ぐるりと回ってマタエまで戻るお鉢巡りのコースを取るほうが良い。九州の山では珍しい岩山らしさのある山の魅力があり、マタエまでのアプローチの距離は結構あるが、ロッククライミングの要素が好きな人には好まれるタイプの山だろう。もう少し緩やかな岩場の登りが長く続くコースとしては、阿蘇山の高岳・中岳に登る『仙酔峡コース』がお勧めである。