中国の防空識別圏(ADIZ)設定と中国の核心的利益の強硬外交への対応:中国の内政問題・薄熙来失脚・強硬外交のつながり

尖閣領土を巡る日中間の争いは、『歴史的な領有権の検証』と『地下資源の共同開発協議』によって解決を図るべき問題で、『武力・恫喝による死傷者や国民感情の沸騰を伴うような問題解決』は領土問題を永続化させるだけである。

無論、中国の狙いは『国家観念(仮想支配領域)の強大化』によって『国内問題の争点・経済格差の怨嗟』から人民の意識や関心を逸らして、共産党一党体制の温存を図る点にもあるのだから、『反日感情の高まり』を左右する外交・情報公開の匙加減も内政の延長線上にはあるといえる。だが、日中経済の相互依存性や中国の国際社会への影響力が強まっている中、そういった国際法違反を厭わないような危険な匙加減を調整することは至難である。

中国は核心的利益と称する『中国固有の最大領域の仮定線』を引っ張ることで、『本当の中国はここまで大きくてもっともっと豊かなのだ』という幻想を人民に与え、国内格差の急拡大と地方農村部の閉じ込めで沸き返る『内政への不満』に対して、ギリギリのラインで『暫し待て(核心的利益の配分を待て)』の号令をかける。

しかし、国内における富の再配分と共産党体制の腐敗(不正な権益独占)の一掃、居住地移動の規制緩和なくして、人民の高まりゆく不満を抑制し続けることは不可能と悟るべきだ。

『重慶モデル』と呼ばれる一般庶民の生活を富の再配分によって底上げする毛沢東主義への復古路線を掲げ、大衆からの人気を得た薄熙来は『収賄による不正蓄財・横領・職権乱用・(妻は英国人の殺人容疑)』の廉で無期懲役の判決を受けて、中央政治局のエリート路線から転落した。薄熙来は重慶市から中国マフィアの影響力を削ぎ落とす改革でも功績を上げていたが、北京から5千億円以上の不正蓄財をしている弱み(いつでも粛清できる法的な要件)を握られていた。

薄熙来は命は救われたが習近平政権から政治的に粛清される形になった。表向きは『政治腐敗の象徴・資本主義的な蓄財者』として葬られたが、共産党幹部には薄熙来に近い資産(不正蓄財によらず何千億円も政治家は稼げない)を持っている人物は当然複数いるわけで、薄熙来失脚の真の理由は『中国共産党の基本政策以外の政策・価値観』に求心力がいかないようにすることにあったと見られる。

毛沢東主義(重農主義)だとか富裕層(都市部)から貧困層(農村部)にバラまく再配分重視の路線だとかいうものは、現在の中国共産党には選択する余地がない路線であり、そういった政治方針を打ち出して大衆に喝采される薄熙来は将来における体制分裂(中央批判)の危険分子とみなされた恐れが強い。

『改革開放と競争原理による経済成長路線』と『核心的利益と強硬外交(軍事重視)によるナショナリズム高揚路線』に反するような薄熙来の政治改革路線は、現在の共産党一党体制の批判を呼び起こす恐れがあり、『圧倒的な数の豊かではない大衆』をコントロールする上で有害だとみなされたのかもしれない。尖閣諸島問題も、当然に中国共産党が領土と民心をコントロールするために前面に押してきているスキームであり、政府としては『観念で腹を満たさせ協力させられるナショナリズム』は本格的な戦争にならない限り美味しいのである。

中国が尖閣諸島上空にまたがる『防空識別圏(ADIZ)』を一方的に設定したということだが、ADIZはイコール排他的な国家主権の及ぶ領空・領土ではないことに注意が必要である。EEZ(排他的経済水域)のほとんどが航行自由な公海上にあるように、防空識別圏(ADIZ)のほとんども航行そのものは自由にできる航空上にある。ADIZについての『中国側の設定の意図』は批判されるべきだが、『設定するかしないかの自由』はあり、設定そのものが侵略行為とみなせる国際法違反にまではならない可能性が高い。

『防空識別圏(ADIZ)』はその文字にあるように、その識別圏に入ってきた航空機が敵か味方か不明機かを識別するための領域だが、中国の問題は『挑発的なスクランブル発進の威嚇+中国の指示に従わない航空機への自衛措置』を織り込んでいることであり、ADIZを『識別・警告のための領域』ではなく『中国が専有する領空』のように勘違いしていることだろう。

中国の挑発的なADIZ設定やスクランブルに対して、同じようにスクランブルを返して睨み合いをしても、マスメディアが繰り返して唱える『不測の事態』を半ば予定調和で引き起こして、取り返しのつかない犠牲や悲劇を繰り返すだけだろう。

満州国建設・日満蒙の絶対的防衛圏をはじめとして、国家観念の肥大(個人と領土国家の一体化)や仮想的な領土拡大が引き起こした歴史の悲劇を知る当事者国として、同じ轍を踏まない冷静な対応と協議に踏み出すのが理想だが、二国間だけの交渉だけでは事態打開は難しい。

日本も『領土問題は存在しないの建前論』を捨て、専守防衛の姿勢(領土への直接的侵犯の撃退)を固めて、国際司法などの場に積極的に訴え出ていくべきだが、中国も日本も『国内問題(内政・生活・格差への不満)の外交軍事・国家観念への転換』がネックになっている。20世紀的な『大きな物語(国と個人が思想的に一体化していき敵国と争い合い勝利を目指す物語)』が排他的・自閉的な方向に流れないようにしなければならないが、現在の時点では先進国も新興国・途上国も『現状に不満・怨嗟・不安を抱く国民層』が厚くなってきている不穏な情勢がある。