ここ数年で驚異的な市場成長を遂げたものとしてスマートフォンがあり、スマホ市場は1年で2倍近くにまで拡大し続ける魅力的な市場だが、『スマホの販売単価下落』によって途上国のマイナー企業にも海賊ものも含めてチャンスが生まれているという。サムスンとAppleがスマホの世界市場の二強であるが、スマホ市場は先進国で概ね飽和しつつあり、ハイエンドの高機能・高価格なスマホの売上が鈍化しているため、今以上の成長を続けようとすれば『新興国・途上国で売れる格安端末』に手をつけるしかない。
ウェブ社会の進展とスマホ市場の拡大1:ウェブ社会がもたらした経済社会・ライフスタイル・時間感覚の変化
iPhoneやGalaxySのシリーズは先進国では売れているが、800ドル以上はする価格設定では途上国では買うことのできる層が極めて小さくなってしまい、中国のXiaomi(小米)やインドのマイクロマックスなどに顧客を先に奪われてしまうのである。そういった国ではブランド価値だとか先端的な機能だとかRetinaディスプレイだとかいったものは大した訴求力を持たず、価格が数百ドルもすると聞いただけでもう自分たちには買えない商品だと即座に判断されてしまうため、『100ドル以下』くらいにまで価格を引き下げないと売れない。
100ドル以下の格安スマホを、極端に企業ブランドのイメージを崩さない水準の商品で作ろうとしたら、確実に原価割れを起こして売れば売るほど損をするような格好になってしまうが、サムスンにせよAppleにせよ『ケータイ端末市場のドッグイアー競争』の歴史の上に君臨した企業であるが故に、価格破壊競争を無視すればノキアやRIM、HTCのように斜陽期にはまり込むのではないかという懸念は強い。世界最高の携帯電話メーカーとして10年近くもトップを走ったノキアが、スマホ時代に全く適応できずにわずか数年で世界シェアの大半を喪失した記憶は新しく、ノキアは日本をはじめとするアジア市場でも全く存在感を示せないままである。
サムスンもAppleも最終利益が少しずつ目減りし始めており、市場はその成長限界点を見極めようとして売りの姿勢を見せたりもしているが、『スマートフォン・タブレットのコモディティ化』がより進むことによって、日本の電機メーカーが『液晶テレビのコモディティ化』によって一気に世界市場でその存在感を失ったような出来事が繰り返される可能性もある。コモディティ化とは『メーカーごとの商品の個性や差異の喪失』を前提として、技術的な参入障壁が下がり価格・利益率も下がっていくという汎用品化の現象(特別な商品やブランドではなくなっていくこと)のことである。
世界に膨大な数の生産ネットワークを持っているだけに、スマホとタブレットの利益がでる販売価格を維持できない時代が到来した時には、サムスンもAppleも小回りの効かない大企業故の困難に直面することになるが、その兆候は既にアジア・アフリカにおいてサムスンやApple、SONYなどの端末や大手キャリアの通信サービスを選ばない顧客の増大によって現れ始めている。
中国市場は今では世界最大のスマホ市場になっているが、営業利益率は10%を切るところまで落ち込み、今後も労働賃金の上昇や技術のコモディティ化、新規参入の増加で利益は先細りする見込みである。
中国市場で1000万人超のユーザーを獲得して急成長しているのが、微博(ウェイボー)やSNSといったソーシャルメディアによってブランディング・販促活動をしている“Xiaomi(小米)”であり、この会社は広告費のコストがほぼゼロでそのすべてをソーシャルメディアの口コミに依拠している特殊な会社だ。こういったローカル志向でブロック化された需要を囲い込む企業が、今後、世界各地で増えてくる可能性もあり、単純なグローバル至上主義の経済力学だけで動くかどうかは分からなくなってきた。
日本のケータイキャリアがプロバイダ料金だけを徴収する役割になる『土管化』を警戒しているが、日本のスマホメーカーの弱さは『ハードだけを売るビジネスモデル』に留まっていることにあり、韓国のサムスンの弱さも突き詰めれば、『スマホのエコシステムを介したビジネスモデル』が全く普及していないことにある。
Googleのコンテンツ連動型(ターゲティング型)広告、AmazonのEC(通販)・電子ブックのビジネスなどがあれば、インターネット全体から利益を上げられるエコシステムが、NEXUSやKindle Fireなどの情報端末と有機的に結びついているので、『端末の価格下落(生産コスト下落)の悪影響』は相当に小さくなる。Googleの買収戦略では、特許取得を目的として落ち目のモトローラ・モビリティを約125億ドルで買収したのは、結果として失敗だったと言われているが、これだけの利益につながらないお金を投げ捨てても、なおネット全体からの収益構造が屋台骨を支えるために安定感がある。
AppleもAppストアというエコシステムを持ってはいるが、GoogleやAmazonと比較すると『端末販売による利益』に依存する度合いが大きいため、世界市場で端末価格の下落が顕著になるとどうしても利益率は圧縮せざるを得ない、サムスンに至ってはエコシステムの普及率が小さすぎるので『端末で稼げるビジネスモデル』が続かなければ非常に危険な経営状態に陥る。
そして、スマホに限らず形のある商品・機械は必ずコモディティ化(価格下落)していく、ウェアラブル端末をはじめとする『スマホの次の主力商品』の模索が続くのは、『他社に簡単に真似られない非コモディティ,そのブランドにしかないスペシャルティ,既成概念やライフスタイルを変えるイノベーション』を目指す終わりなき企業間競争の現れではある。先進国で減少している中間層が、新興国では逆に増大に転じている、そこに熾烈なシェア争いが生じるのは必然だが、グローバリゼーション(超多国籍企業のブランド)とローカリゼーション(ローカル企業の独自性・国民受け)という新たなファクターがそこに加わろうとしている。