中国と台湾との外交関係の緊張は、中国が台湾を強制的に武力征服することが可能な『軍事力の近代化(1000発以上のミサイル配備)』を終えると見られた2000年代後半にピークに達した。
アメリカは中国に対して、もし台湾にミサイル攻撃を仕掛けて武力で併合しようとするようなことがあれば、米軍は即座に台湾を軍事支援して独立を守りきる(米国には台湾の民主政体を防衛する義務がある)という通告を出し、日本でも台湾海峡危機を見据えた米軍に協力する有事法制(周辺事態法)が制定されたりもした。
台湾海峡問題は長らく、沖縄県に駐留する在日米軍・第七艦隊の存在意義の一つであると同時に、中国共産党(毛沢東)と国民党(蒋介石)の内戦という負の歴史が残した東アジア混乱の導火線であった。
だが、2008年に国民党の馬英九(対中融和派)が台湾の政権を取ってからは『民間経済(貿易・投資・観光・人材)の交流拡大路線』に転向し、中国大陸との政治的な独立を巡る争いは棚上げされた形となったため、台湾人の大陸に対する印象も以前より改善しているとされる。
中国もかつてのように『一つの中国』の原則だけをしきりに掲げて、軍事力で間接的な威嚇をする行為をトーンダウンさせ、性急に結果(統合)を得ようとせずに時間をかけてゆっくりと、台湾の民意を中国に親しみを感じる方向へ取り込む路線に転換したような外観を示す。
先日、中国大陸の南京で行われた閣僚レベルの『中台会談』は、中国と台湾が初めて民間レベルの交流や非公式を前提とする会談から一歩踏み込んだ恰好となり、『政治的・軍事的な対立ありきの関係』を見直してより安定的な関係を築こうとする方向性を探り合っている。
無論、現時点の台湾の世論では『中国との統合』を望む声は少数派であり、約8割の台湾人が中国とは民間レベルの経済交流や観光の往来だけを促進して政治対立を表に出さないようにすれば良いという『現状維持』を望んでいるのだという。中国との統合にも反対だが、中国の軍事攻撃を誘発しかねない独立宣言(性急な国家としての国際的承認の要請)にも反対だというのが、台湾人の多数派の考え方であり、その心理には『民主化・自由化がなされていない中国の独裁政権や強行外交(一つの中国路線)への不信』がある。
中国側も台湾とその背後にいるアメリカを見据えて、軍事力に頼った(中共の論理でいうところの)性急な台湾解放を実施するリスクは低いが、中国政府は『中国人のナショナリズム(台湾は中国の一部なのだから軍事的に可能なら早く併合・解放せよ)』の突き上げをやはり警戒しなければならないジレンマにある。
中国政府はまずは経済・民間の交流をベースにした穏健路線で中長期的な台湾統合を模索しているように見えるが、中国人民の過激な民族派には『一つの中国』の原理原則を武力を行使してでも貫けと煽る勢力がやはりいる。
台湾を共産党一党独裁の中国とは異なる民主主義国家に育てようとしてきたのは言うまでもなくアメリカであり、アメリカはCIAの工作活動を駆使しながら非国民党の対立政党である『民進党(大陸からの独立派が多い政党)』の基盤を整えて普通選挙を実施し、親日の台湾独立派として知られる李登輝を総裁の地位に就けることに成功した。
しかし、台湾国内では『反中国派・独立派』が圧倒的多数を占めるまでにはいっておらず、大陸・中華民族に一定のシンパシー(自分たちは内戦に敗れて大陸から渡ってきたという出自にまつわる故郷の感覚)を抱く勢力も少なからずいて、台湾主導の『(もはや完全に非現実的ではあるが)一つの中国論』への固執も残っている。
アメリカと日本の立場からすれば、現在の中国共産党政権に台湾が呑み込まれてしまうことは地政学上・価値観外交上の大きなリスクであるが、台湾の独立維持の強度は言うまでもなく『台湾人の民意・選挙結果』にかかっている。
アメリカも中国の軍事的脅威に対する台湾防衛義務は、『(台湾人自らの同意と選択による)中国と台湾との平和的な統合』にまでは及ばないと判断するしかない弱みを抱えている。
それはアメリカが台湾防衛義務の根拠を『台湾が独裁政権ではないこと(普通選挙を介した民主的政権を確立した台湾を武力攻撃することは許されないこと)』に置いてきたからであり、『民主的な国家・集団には自分たちがどこに帰属するのかを自分たちで決める権利があるのだ(外国や独裁者がその意思決定を実力で捻じ曲げてはならない)』と、アメリカ自身が常々主張して時にはその民主主義の原則を独裁国家に押し付けてもきたからである。
現時点では、台湾の人々は中国との経済交流(貿易・投資・観光)の実利だけを取って、政治的接近に対しては緩やかに距離を置くのが最も良い(台湾海峡にミサイル配備をしている中国を刺激せずに上手くやり過ごせば良い)とする判断をしているが、中国が軍事的圧力を表に出さずに中台の首脳会談を要請するようになってくると、台湾の民意が一定の影響を受ける恐れがある。
ポスト馬英九の政権や総統がどのような対中国の政策路線を打ち出してくるかに注目が集まるところだが、台湾人の民主主義と自由主義へのこだわりがそこで試されてくることにもなる。
最も望ましいのは中国大陸が自由化・民主化をしてまっとうな政体を再構築し、一党独裁体制や中華思想(軍事的膨張とナショナリズムの共鳴)の弊害を緩和することであるが、短期的にはその可能性は見えてこないし、台湾海峡問題の平和的な解放・統合という果実を中共に与えれば、現状の独裁体制を延長する大きな成功体験を与えることにもなってしまう。
アメリカは中国大陸の直近に民主化のお手本のような台湾を配置することでプレッシャーをかけたが、それは同時に自らが国際政治の黄金則としてきた『民主的意思決定(国民・住民の主体的な選択と同意)』には抗えないという限界条件を設定するリスクにもなっている。