STAP細胞の追試不調と科学的研究の再現性:小保方晴子さんの論文の不備とは別に“STAP細胞”は本当に作製されたのだろうか?

STAP細胞(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells:刺激惹起性多能性獲得細胞)は、その作製方法と多能化が実証されれば、細胞生物学の既存の前提を覆して、iPS細胞よりも作製効率が良く応用範囲の広い万能細胞につながる世紀の発見となる。

だが、『Nature』掲載後に、他の科学者が同じ手順で実施した追試では、STAP細胞の作製に成功する実証事例がまだでていない。そのことから、STAP細胞の実在を疑う声が出始め、論文に掲載されたSTAP細胞の分化の瞬間の写真が、過去の小保方氏の博士論文に使われていた写真の使い回しだったことも明らかとなった。

過去に書かれた論文についても、写真の使い回しについては、ハーバード大の共同研究者であるチャールズ・バカンティ氏は、注意不足による単純ミスで研究の結果そのものに影響はないと自己弁護したが、その後も『過去の写真』に変わるべき『現在のSTAP細胞の分化の写真』は再提示はされていない。

共同研究者の若山照彦氏(山梨大学)が『小保方氏のいない実験室ではSTAP細胞の作製が一度も再現できない(細かな作製手順のコツの指導は小保方氏から十分に受けている)・STAP細胞の存在に確信が持てなくなったため論文の撤回をすべきではないか』といった自らの研究結果に対する自信を喪失したような発言をしだしたことから、STAP細胞作製の研究計画そのものの杜撰さや結果の確認の不手際(本当にSTAP細胞へと変質したのかの確認の不十分さ)、科学論文の構成・証拠の不備が強調される形となった。

ユニットリーダーの小保方晴子氏は、年齢の若い女性研究者ということでマスメディアが異常な過熱報道をして研究内容とは別の部分がクローズアップされたりもして、論文がNatureに掲載されてそれまでの苦労話が取り上げられたりしたことで、STAP細胞の実在性が半ば既成事実(追試も無事に終わるもの)として取り扱われていた偏りはあるかもしれない。

僕自身も本職の科学者などではないこともあって、STAP細胞の作成や実在そのものを報道初期に疑うという意識は全くなく、ストレートに既成事実に近い感覚で記事・論文の概要を読んでいて、『科学研究(仮説)の反証・実証の不成立』による研究結果否定の可能性は想定していなかった。

共同研究者が論文取り下げを申請する(自分の研究結果や提示した証拠に確信を持てなくなった)という事態に直面して、研究者としてはかなり精神的・評価的に厳しい立場に立たされているとは言える。

現段階で問題になっているのは『科学論文における不適切な写真の使い回し・他のドイツ人研究者の科学論文にある作製手順にまつわる定型的な言い回しの剽窃(コピー)』などであるが、『STAP細胞の作製の事実性・存在と分化(多能性獲得)の実証性』については追試結果に全面的に依存することになる。

論文の一部に虚偽の写真や記述の誤り、定型的なコピーなどがあったこと自体は認めざるを得ないので、科学論文としての体裁・手順・価値は保たれ得ないと言えるが、『STAP細胞の作製と存在(多能化)』については意図的な結果の捏造や存在確認の基本的な間違いがない限りは検証可能な仮説のはずである。

これだけ世界的な注目を集めて、多くの科学者から後で追試されることになる研究で『意図的な捏造・虚偽』を行うことは考えにくい(ばれることは明白である)が、STAP細胞が仮に存在しないものであるなら『細管を通していく前の細胞群』にはじめから万能細胞の性質を持っている細胞が混入していただけという可能性もある。

細胞生物学分野での大きな研究捏造事件としては、韓国の黄禹錫(ファン・ウソク)ソウル大教授が、人間の体細胞に由来するクローン胚を作成してそこからES細胞を抽出したという虚偽の報告をした『ES細胞論文不正事件(2005年)』などがある。

近代科学史を振り返れば、こういった捏造事件をかなり著名な研究者が起こしてしまうこともあるが、その動機の多くは高いポストや大きな予算を得ているにもかかわらず、『画期的な研究成果が出せていないことによる焦燥感・更に優れた研究者として承認され科学史に名前を残したい成功欲と名誉欲』にあるとされる。

論文には、生後1週のマウス脾臓のリンパ球を使用してSTAP細胞を作成しようとして成功する確率は7~9%とあるので、手順や作業に習熟していなかったり何らかの手順に間違いが含まれる恐れもある研究者が『短期間の追試』ですぐに結果を再現できなくてもおかしくないという見方もできる。

現時点で『STAP細胞の実在性の有無』を判断することはできないが、理研が疑惑を受けて新たに公開した『STAP細胞作成の詳細なマニュアル』に従った追試を一定以上の期間にわたって他の研究者が行い、論文と同じSTAP細胞作成の結果を再現できるかどうかの実証性がすべてである。

1年以上などの長期にわたって、体細胞からSTAP細胞への変質が小保方氏以外の研究者には確認できないという場合には、意図的な虚偽があるかどうかは別として(基本的な細胞の確認や分化の観察にまつわる認識・前提の錯誤の可能性があるため)、客観的な科学研究としての価値・実用性は否定されざるを得ないだろう。