総合評価 92点/100点
雑誌『LIFE』の写真管理部門で16年間働くウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、毎日同じように会社と自宅を往復する冴えない日常生活を繰り返しながら、マッチングサイト(会員制の出会い系サイト)で恋人を探している。
マッチングサイトで狙っている女性は、同じ出版社で働く同僚のミシェル・メリハフ(クリステン・ウィグ)だが、ウォルターは自分に自信がないため意中のミシェルにまともに話しかけることができない。
ミシェルの好む男性のタイプは『勇敢で行動力があり、冒険心に満ちている人』だが、ウォルターは自分の願望や欲求不満を妄想世界で満たしてぼんやりする習癖があり、最近もこれといった新しい体験や冒険的な活動はしていない。
マッチングサイトの自己プロフィール欄の体験談・アピール文も空白になっているので、ミシェル以外の女性も誰もアプローチしてこない状況なのだが、空想の中ではいつも勇敢なヒーローや危険を恐れない冒険家となってミシェルに情熱的で魅力的な告白をしたりしている。
ミシェルは前夫と別れたばかりのシングルマザーで、その息子はスケボーにはまっているのだが、子供時代のウォルターはスケボー大会で優勝して新聞に掲載されるほどスケボーが得意だったこともあり、ミシェルの息子にスケボーのテクニックを教えて上げて仲が良くなる。
子供の頃のウォルターはモヒカン刈りをしてスケボーのテクニックを磨くアクティブな少年で、そんな運動神経の良い息子を父親も自慢にして可愛がっていた。だが、その父が急死して家計が困窮したことから、ウォルターは10代で家族のために働かざるを得なくなりスケボーや進学をはじめとした色々な夢を諦めて、いくつものアルバイトを経てサラリーマンとしての変わり映えのない生活に適応していった。
ある日出社すると、勤めていたLIFE社が買収されることになり、いけすかない髭の上司のテッド(アダム・スコット)によって大規模な事業再編と人員整理が開始されるが、歴史ある『LIFE』も紙の雑誌としては廃刊になり、全面的に電子マガジンに移行することが決定された。
最終号となる『LIFE』の表紙を飾るのは、フォトジャーナリストのショーン(ショーン・ペン)が人生の最高傑作と自負する『ネガの25番』だが、写真を管理するウォルターはその25番をどうしても見つけ出すことができない。上司のテッドからは、早くその最終号の表紙になるネガがどんなものか見せろとせっつかれるが、部屋中を隅々まで探しても25番のネガは出てこなかった。
今まで大切なネガを管理・現像してきて一度も紛失するミスを犯したことはなかったのだが、初めから25番だけが同梱されていなかったようなのだ。ショーンが25番だけを送り忘れた可能性がある。ウォルターは残されたネガのわずかな情報を手がかりにしながら、グリーンランドにいるというショーンに直接会ってネガを受け取るための旅に飛び出す。
グリーンランドへのちょっとした遠距離の出張という気分で赴くのだが、そこにはウォルターの今までの人生観・自己認識を180度転換させるような、単調・退屈な日々を打ち破る『新鮮な美しい現実と自然・スリルと感動に溢れた冒険』が待ち構えていた。
時化の天候でヘリコプターを運転するのは不安だからと、浴びるようにビールを飲んでからヘリに乗り込むグリーンランドの飲んだくれパイロットを見て、こんな危ない奴が運転するヘリには乗れないと常識的判断で尻込みするウォルター。だが、アイスランドに渡ったばかりのショーンに追いつくためにはヘリに乗り込むしかなく、歌声で新たな場所への挑戦をするように励ますミシェルの幻影に背中を押されるようにして、離陸寸前のヘリに荷物を投げ込みギリギリのタイミングで飛び乗る。
ヘリから船に移る時にも、荒れた海に浮かぶボートに上空から飛び乗らなければならず命懸けである。普段のウォルターであれば決してしないであろうチャレンジを次々に繰り返して、危険や困難を乗り越えていく度に、新たな現実世界の感動と興奮が湧き上がってきて、『仕事・家族の支払いに負われていた日常の鬱屈』をはねのけていく。
グリーンランドの空港やカラオケがある酒場、アイスランドの自然や火山の景観というのも映像的な面白さ、斬新さがあり、アイスランドの雄大な山地を下る道路を、得意のスケボーで高速で滑走するシーンは突き抜けるような爽快感がある。
アイスランドでもカメラマンのショーンを見つけられなかったウォルターが、最後に赴くのがヒマラヤの山岳地帯なのだが、いずれの場面でも風景・冒険・ふれあいと音楽との相性が抜群で、『恐れず、新しい世界や体験に飛び出していけ!』という映画の世界観を見事に表現している。一つ一つの光景やアクションが、フォトジェニック(写真的)な完成度を持っており、映像そのものにも引きつけられる箇所が多く、そこに無理なくLIFE社の再編やミシェルとの恋愛、ウォルターの自己変革の物語を溶け込ませている。
ベン・スティラーという役者の演技力や存在感も素晴らしい、『内気・消極的で日常に疲れていて自分に自信がない前半の顔つき』と『活発・行動的で新たな世界に挑戦しようとする自信に満ちた後半の顔つき』はまるで別人のようだ、物語が進むにつれ髭が伸び放題になるにつれて、物事に動じず社会にすり減らされていかない格好いい男の顔に変貌していく。
ルーティンライフの鬱屈や管理社会の閉塞を嘆いてばかりいても始まらない、作中の雑誌LIFEのスローガンは『世界を見よう、危険でも立ち向かおう。それが人生の目的だから』というものだ。視野や興味関心の範囲を広げて世界を見ようとする意思を失えば、非常に狭い生活世界・仕事環境の中に意識が閉じ込められてしまうのかもしれない、危険(リスク)を恐れて安全安心だけを追い求めてもまた狭い範囲で守りに徹した人生で終わってしまうのだが、それが人生というものという諦めの圧力はかなり強いものだ。
そういった現実的・日常的な要請だけに追いかけられて終わるだけの人生では飽き足らない、もっとアクティブに動いて考えて新しい世界・興味・思考を縦横無尽に行き来したい、誰しもが抱く人間としての荒ぶる精神的衝動を絶妙な映像とストーリーで創り上げたエキサイティングな映画である。