大国化する中国の軍事的拡張主義と国際社会における責任の自覚:日米の集団的自衛権への中国の包摂

日本の集団的自衛権・集団安全保障に関する議論は盛んであるが、問題の本質は『中国を包摂した集団安全保障体制・価値観外交の構築』にあり、中国の軍拡をアジア全域の安全保障に貢献するよう方向づけする役目を日本が果たせるかである。

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名実論ではないが、中国に『アジアの盟主』としての“名”を得させて持ち上げつつ、『アジアの海・空の航行の自由を守る尊敬される役目と負担』の“実”を中国にあてがうことができるか。米国の軍拡が世界の警察官化に向かった事例を、中国に転換させるような長期的外交戦略のロードマップを描ければ良いのだが。

中国の軍拡や核心的利益は『経済大国化のプロセスにおける国内の格差拡大・体制維持』と相関した動きで、『軍事強大化・領土拡張の観念』で飢えた国民の腹と名誉心を満たすものだが、『中国の国際社会における道義的・軍事的な評価の低さ(不信感)』はいずれ中国自身が自己課題化して力の使い方を考え始める可能性もある。

中国政府と人民の意識・目的が乖離すればするほど独裁体制は不安定化するが、中国共産党も1949年の中華人民共和国建設から現在までの政策・統治・市場の変化を見れば、『人民の生命・意思を完全に無視するレベルの強権支配』は不可能となり、民間経済・商品や国境を越える情報・価値観の影響力もブロックしきれない。

資本主義化と経済成長(中間層)によって消費文明が進展すれば、『国家権力・イデオロギー』と一体化して生命・身体さえ捧げるという近代初期の『国民』は減少し、共産党に直接従属する国民を政策的に教育する事にも限界が来る。核心的利益と力による現状変更について中国がまともな議論に応じない問題への対処が急務。

大国化する中国がその影響力に見合った責任を履行するためには、『国内の不安定要因・格差問題』に一定の解決の目処をつけ、『共産党一党独裁・少数民族支配の限界』を認めることが前提条件になる。強権的ではない参加と離脱が可能な『包摂的・支援的な帝国』にシフトしなければ、内政・外交共に行き詰まる。