仕事のやる気はどこから生まれるのか?:モチベーションとインセンティブ

『自分の好きなこと・得意なこと』を極めて仕事にできている人は幸運であるが、そんな人でも好きなことを仕事にしてしまうと趣味の楽しみ(仕事の後の楽しみ)が奪われるようでつらいと不満を漏らすこともある。

顧客の個人なり会社なりに『対価』を貰って仕事をするということは、『自分の仕事の価値・作り上げたもの』がその対価に見合うものかどうかある程度の厳しさで査定されるというストレスと緊張感を伴う。

“やる気”が出ない原因は?

プロフェッショナルとアマチュアの違いは『対価を受け取る代わりの責任・緊張』を引き受けるか否かにあり、いくらプロレベルであっても『私は代金は頂きませんので・ボランティアでやらせて貰いますので』というスタンスならアマチュアとしての気楽さ・自由さ(無料だからこそ仕事の出来栄えにあれこれ言われない留保)を選んでいるということになるだろう。

十分に市場で通用するだけの高度な技術や知識、実力を持っている人であっても、『仕事・プロフェッショナルの立場・有料』でするのと『趣味・ボランティア(アマチュアの立場)・無料』でするのとでは自ずから心持ち・責任感が異なってくる。

会社・官庁に雇用されるサラリーマンの場合には、『自分の好きなこと・やりたいこと』を仕事にするという考え方から転換して、『自分に割り振られた仕事・役割のやり甲斐・面白さ・意味合いを見つけるというスタンス』に変わっていかなければつらくなりやすい。

記事にある『ストーリーを見つけたり作ったりする』というのも、仕事そのものが初めから面白いものだったり興味関心を惹くものだったりする可能性が低いことを踏まえたものであり、『自分自身の興味関心・やりたいことの追求』以上に『顧客・社会(世の中)に与え得る仕事の良いインパクトの想像力』を働かせなければやる気が摩耗していってしまうということである。

やらされている(やらなければならない)という意識でやっている仕事の大半は面白いものや楽しいものではないかもしれないが、それでも、『給与・社会保険を保証されている働き方』は仕事の最低限のインセンティブ(報酬)にはなるだろう。

何にせよ、よほどの資産家・投資家・ビジネスオーナーでもない限り、自分自身が働いて定期的に収入を得なければ生活そのものができず飯が食えないという必要条件に人は突き動かされる。自分・家族(子供)を養うために働くという基本があり、そこに何か欲しいものややりたいことをするためのお金を稼ぎたい(貯めたい)という人だって多いだろう。

仕事のやる気を『外発的なインセンティブ=実利的な報酬の多さ・権威権力の強さ』に求める人であれば、歩合給・職務給の実力勝負でできるだけ多く稼げる仕事にやり甲斐を感じたり、昇進して高い地位について組織やビジネスを動かすことを面白く感じるかもしれない。

仕事のやる気を『内発的なモチベーション=仕事の社会的なインパクト・精神的な意味づけ・使命感や達成感』に求める人であれば、自分の仕事が何か・誰かの役に立っているという想像力や実際に顧客に喜んでもらえた時の承認欲求、経済社会の一員として微力ながらも何らかの貢献をしているという達成感のようなものに仕事のやり甲斐を感じるかもしれない。

仕事そのものには余り興味関心がないしやり甲斐も感じていないが、『職場の人間関係・レクリエーション』が楽しくて好きだという人もいるだろうし、『生活するための必要限度の給料』を稼ぐためと割り切って頑張っているという人もいるだろう。

ある意味では、社会的に疎外されたくないから社会の一員として貢献しているような実感を得たいから(みんなも働いていて義務的なことだから)という消極的な動機づけで働いている人もいるということだが、『社会的な役割・位置づけの欠落(自分だけが何もしていない状態のイメージ)』というのは人によっては結構な苦しみや無力感、後ろめたさを生んだりもする。

仕事のない窓際に追いやられている人に対して、ただ会社に来れば給料が貰えるんならそれでもいいじゃないかという安易な意見もあるが、社会なり組織なりにおいて『あなたの果たせるような仕事はない』と言われる感覚はきついか楽かとは異なる次元の存在意義を毀損する恐れがある。

実際の仕事のモチベーション調査のフィールドワークでも、『仕事・報酬・地位そのものの満足感』以上に『仕事を通した人間関係や承認欲求(貢献・感謝)の満足感』のほうが高いという調査結果もあり、サービス業を中心として『他者の好ましい反応(感謝・笑顔・リピート)』が返ってきたり『社会的な帰属感・承認の欲求』が充足されることに対して仕事のやり甲斐を感じる人も多いはずである。

自分のやりたいことや得意なことを追求して高めて結果を出して稼ぐというのは、アーティスト・芸能人とかプロスポーツ選手とか作家・創作家とか起業家・宗教家などの特別な世界をイメージさせられるが、こういった仕事のモチベーション(動機づけ)は『自分の能力・魅力・興味関心の上昇とその結果としての報酬』にあり、『他者(顧客)との関係』は二次的なものになりがちである。

創造的なマイワールド(やりたいこと)の拡大に、興味を持ってくれた他者(ファン・支持者)を巻き込んでいくような形になるが、結果がすべての格差が極めて大きい世界であり、プロセスも殆ど評価されない厳しさ(長くやっても殆ど収入にならない等)がある。

反対に、企業・組織・顧客が求めてくる仕事内容・働き方(人間関係)に適応したり、業界・市場で有利とされる資格・スキルを取得したり向上させたりしながら働くというのは、一般的なサラリーマンの世界をイメージさせられるが、こういった仕事のモチベーション(動機づけ)は『他者のニーズや欲求を満たして喜ばせること・感謝と対価を得ること』にあり、『自分自身の興味関心』は二次的なものになりがちである。

自分のやりたいことや興味関心が二の次だと面白くないと感じがちだが、自分のやりたいことの追求は、才能・運と支持者に恵まれない限りは『孤独で実利の乏しい働き方』に陥るリスクと背中合わせであり、仕事の基本は『誰かのニーズや欲求を満たすことで対価を得ること』にある以上、『自分がやりたいことの結果としての対価』というのは例外的なモデルとも言える。

雇われて他者(組織)のニーズに適応していく働き方にも、『プロセスの評価と安定・他者との協働と競争・仕事と対価(金銭・感謝)との分かりやすい関係』などのメリットがあり、ルーティンワークに感じられる仕事や面白みがないように思える内容であっても、そこに自分なりの意味づけ・使命感や影響力・役割意識をイメージできればモチベーションは高まる。

更には、俺(私)はどうしても自分の仕事が好きになれずストーリー性のある意味・社会貢献も見いだせない(給料・生活のためにやっているに過ぎない)というのであれば、『仕事が終わった後の余暇・家族や人間関係・買い物や娯楽レジャー』のほうをメインの楽しみにしていても、それはそれで構わないのではないかと思う。