自虐的自慢(JJ)の受け取り方と気の置けない友達関係のあり方

自虐風自慢=JJは初めて聞くが女性雑誌みたいな略語。自慢の敬遠は『比較の優越感+劣等感を刺激する当てつけ』にあるわけで『話すべき相手(相手の境遇・気分)』を選べば記事のJJの類は嫌味な性質でもない。

地味にウザッ!! “自虐的になんか自慢(略してJJ)”の華麗なかわし方を考えてみた

不快感を刺激する嫌われる自慢というのは、『相手の不遇・悩み・コンプレックス』などを間接的に指摘するような自慢、あるいは相手のステータスへの皮肉な言及を伴う自慢だろう。自虐風自慢は自分に言及して盛り上げてツッコミを入れているようなもので愛嬌のある自慢の類、相手の触れられたくない要素への言及はない。

まぁ、異性との縁がなかったり別れたりして恋愛に悩んでいるような友達に、『なぜかタイプじゃない男ばかりから言い寄られて困る・真面目な付き合いがしたいのに何気ない仕草がセクシーだとか言われていやらしい目で見られるのが嫌』とか自虐風自慢していたらうざいかもしれないが……。

予定調和の相互承認(じゃれあいの傾聴と肯定)ができる信頼関係(継続的な好意)の成り立っている相手かどうかという事のほうが重要か。特別に嫌味や当てつけをしているわけでもないのに『あなたの自慢や喜びの一切を聞きたくない人』は、友達というより自分より優位な競合相手のように見られているのかも。

相手が話したいと思っている話を、肯定的・共感的に機嫌よく相手の身になって聞いてあげられるかどうかは、自分自身の境遇や気分、自己評価、余裕にもかなり左右されやすいものだし、相手のほうも自分の話を気持ちよく聞いてくれるような人かどうかということも関係する。