スターバックスが、首都圏や大阪、名古屋など国内48店限定で、コーヒー1杯1998円(一部店舗では1782円)で販売するという。豆売りは1袋250グラムで1万800円という価格の高さだが、1600袋しか仕入れをしないのであれば、売上1000億円(営業利益100億円)を超えるスタバにとって『直接儲けるための商品』ではないと言えるだろう。
スタバはテレビや新聞・雑誌に大口CMを打たない企業で、その広告戦略について書かれた書籍も販売されているが、逆にマスメディアのほうから擦り寄ってきて代わりに宣伝・広告(新商品の紹介)をしてくれるという『最強のマーケティング(記事にしてもらえる新商品づくり・話題づくり)』を循環させている。
なぜスタバが他のカフェチェーンと比較して抜きん出た人気があるのか、行列ができるような店舗が少なからずあるのかの理由は、『客観的なコーヒーやドリンクの味の質』だけでは説明ができず、『ライフスタイル提唱や流行喚起の店舗設計・スタバのブランディングと利用客増加の口コミ(誘いかけ)・アメリカのシアトルコーヒー文化(商品+時間・空間を売る文化)』などの複合的効果が働いている。
フラペチーノが美味しくて人気といっても、スタバ以外の会社が先にフラペチーノを開発していても、ここまでの規模の企業にまで成長できた可能性は殆どないと思うが、スタバはスペシャルティコーヒーとスイーツ系ドリンクを利幅の大きい高価格帯で納得して買ってもらえるシステムとブランドを構築したことで成功した企業である。
現在の先進国には、個人店のオリジナルドリンクなども含めて美味しい飲み物は無数にあるといって良いが、その中でもそこでしか飲めないという主観的な特別感(季節ごとに新しい何かが出てくるという期待感)を植え付けることに成功したのだろう。
更に人気・流行を過熱することで、一部の店舗では利益率が高くて回転率を気にしなくて良い『テイクアウトの比率』が伸びており(本来、場所・時間もセットでの価格設定なのでお持ち帰りの増加は経営視点ではウェルカムである)、ドライブスルーで並んでいる車も増えているようだ。
スタバやタリーズ、エクセルシオールなどのカフェチェーンは、コーヒーやスイーツ系飲料の販売価格帯を、それ以前の300円台から400~500円台以上へと引き上げ、それにケーキ・パン・軽食・お菓子(アイス)などを加えることで1000円に近い単価にまで迫ることができた。
1000円に近い顧客単価は、現在ではファミレスや牛丼屋をはじめとする安価な外食産業でがっつり食べる客相手でも容易に出せない単価になっており、デフレ経済下でも強気の価格設定が逆にブランド価値(心理効果)を向上させた。
スタバのようなカフェチェーンにとってのビジネスモデルの生命線は『価格設定』であり、デフレ圧力や価格競争に巻き込まれないブランド価値と主観的な付加価値の維持が経営にとっての課題になる。
大半の人(家でレギュラーコーヒーを淹れない人)がまず買わないであろう『パナマ アウロマール ゲイシャ』を販売するというのも、『最高級の豆も取り扱っている高級店』というイメージの線引きのためであり、スタバに慣れた顧客層の増大を見越して『単価引き下げの圧力』の予防線的な意味合いも汲み取ることができる。
スタバに対する典型的な批判として、他の店より価格設定が高すぎる、味より場所とスタイルありきのコーヒーショップというものもあるが、それは『差別化戦略(客層クラスター戦略)・ブランディング(ライフスタイル提唱型の店舗づくり)』という初めからの目論見(計画的な店舗の設計・運営)がそのまま反映されているだけなのである。
スタバのビジネスモデルとしては『価格を安くしない・ブランド価値を落とさない・(利益を還元させての)店舗のメンテナンスと店員のモチベーション強化を怠らない』のほうが、今の価格ややり方に否定的な新規顧客層を取り込むよりも重要であるということになってくるだろう。
大衆化・価格引き下げの路線に突き進まなければならない状態に追い込まれた時が、スタバのようなカフェチェーンの衰退の兆しとも言えるだろうが、究極の成長の天井は『店舗増加の上限・獲得顧客の上限』にあるとしても、現状では『過剰人気によるスペシャリティ低下(結果としての大衆化や顧客クラスターの機能不全)・回転率の低下(長時間滞在する客の増加による時間当たり売上の低下)・店舗増加による店舗間格差の拡大』などが成長の壁として少しずつ目立ってくるかもしれない。