増加する中国・韓国に対するヘイト本とヘイトスピーチが生む問題:国家・歴史と個人の多様性の区別がない危険

中国・韓国への真っ当な批判とヘイトの差異は、『国籍・政府・歴史認識と個人の人間的価値の区別』にある。ヘイトは中国人・韓国人の国籍のみで全否定するので相互理解は予め放棄されている。

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ヘイトスピーチや排外主義の最大の問題点は『同じ国(民族)の人たちの中にある多様性や個人差』を半ば意図的に切り捨てた上で、極めて単純素朴に『自国民=仲間』『外国人=敵』と二分法で定義してしまう所だろう。仮に自国民の中に『ヘイトに賛同しない個人』がいても、『非国民・裏切り者』として話を聞く事はない。

ヘイトスピーチが作り出す世界観の短所は、『政治・歴史・軍事・民族に余り関心がない中立的な国民』を射程に収められず、政府や右寄りの政治家・知識人の行動・主張が『全国民の同意をがっちり得た思想・判断の代表』とみなされ、何も敵対的な考えを持ってないその国の個人までも『仮想敵・憎悪の対象』に据えてしまう。

ヘイトスピーチは『私は国家や民族を単位とする争いには参加しない・排外主義や戦争につながる行為には協力しない・個人主義と国際協調にコミットします』といった中立的国民までも、『ヘイトに参加しないなら非国民・裏切り者』といった決めつけで争いや憎悪のネットワークに組み込むような敵対感情の同調性を生む。

ヘイトや排外主義の根底にあるのは、『みんな(私)がこんなに嫌う相手を嫌わない人は仲間ではない・これだけやられたのだからもっとやりかえすべき・敵は私たちと同じ心を持つ人間ではない』という人類の原始的な敵・味方の分離衝動であり、そこからヘイトクライムや騒擾における暴行までの距離は遠くない恐れがある。

中国・韓国にも『反日教育・攻撃的な外交姿勢・歴史認識を巡る情報戦』などの問題は多くあるが、だからといって政治・外交・歴史認識を理由にして『相手国に所属する人間全員の権利や人間性の否定』にまでいくと過度の一般化や決めつけの過ちを犯してしまう事になる。憎悪・怨恨を相互に減らす政治交渉や地道な交流が重要。

何よりヘイトスピーチの単純過ぎる『敵と味方の区分(相互理解の拒絶・仮想敵の民族の侮蔑)』は、国家を『敵対する暴力団』、国民を『暴力団の構成員』のように見なし、抜き差しならぬ殺し合いの関係に置くような攻撃性(話し合いよりも力の衝突)を意識させられる。国家・歴史と個人の人間性の過度の混同は危険である。