白馬の王子様が、大勢の中から私だけを選び出しスターダムに押し上げてくれる。退屈な日常よ、さらば!シンデレラストーリーの演出だが、驚いて感動で涙ぐむダンサーの演技力はなかなかのものだった。『選択と救済』のジェンダーの夢のミニドラマのような印象もあった。
Sexy Zone、『Mステ スーパーライブ』の演出に賛否。「コーヒー吹いた」「あんなの要らん」
Sexy Zoneは30代以上から見れば、高校生くらいの子供に見えるが、カッコイイというより可愛い感じを受けてしまう。現在の自分の経済状態よりも更に豊かなステージに押し上げてくれる結婚をハイパーガミー(上昇婚)というが、若手のジャニーズはそこに加えて『理想の造形・甘い恋愛』という非日常の空想・快感を広げてくれるのがビジネスの種か。
大勢の中から私を一瞬で特別な存在として見つけ出し、『今までの退屈な日常・窮屈な家(現状)』から勢い良く引っ張り上げて救い出してくれるという古典的な女性ジェンダーは、男女同権社会や女性の社会進出といったジェンダーフリーの流れはあれど、完全に無くなることはないだろう。
男女関係への期待に付随する『何かが変わる救済・解放のイメージ』は根深いが、『何も変わらなくて良い』ならば、恋愛や結婚等の男女関係を構築したり維持したりする必要性も無くなる。『古いマンネリ』を抜けても『新たなマンネリ』は生ず、『日常・生活の連続への感謝+自他の幸福の一体感』の地点への漸進の課題は続く。
若い時には、胸がざわめく魅力的な異性を前にすると、この相手と親密になり深くて持続的な関係を築けば、何かが決定的にがらりと転換するように感じることは少なくないが、『異性のスペシャリティ』は年齢と経験によって鈍麻していく。リアルな生活と経済、加齢との折り合い、救済の本質の依存から自力へのズレもある。