『中高年ニート』はなぜ増えるのか?:形式的な高学歴化・現代社会の情報や娯楽氾濫・やり直し困難による無業期間の遷延

成人男性が社会保険や賞与のある正規雇用の定職に就くことは、日雇い・専門職・自営などの例外領域を除いて、かつては半ば常識であると同時に成人男性の社会規範としても機能していた。

一方で、大半の人が正社員として働いて家族を養っていたような時代は、現代と比べれば『正社員としての就職・継続勤務のハードル』はかなり低く、地縁・血縁のコネによる行き場のない失業者(親族)の会社・公的機関(役場・農協など)への押し込みなども頻繁に行われていた。

■40過ぎても働かない「中高年ニート」なぜ増える? 豊かな時代の「合理的選択」なのか

昔は、中年に近づいて独身であれば周囲の親族・関係者などが無理やりにでも縁談を進めて結婚まで持っていったように、かつては親族にどうやっても自力で仕事を見つけられない失業者がいれば、親族・関係者のツテを辿ってどこかに職場を見繕ってそこで頑張るようにハッパを掛けたり(働き先にも血縁・関係者がいて能力が若干低くてもフォローされたり)もしていた。

一定以上の規模の会社では、“家族的経営・終身雇用慣行・社内コミュニティ”の中で『定年までの長期勤務』を常識とする考え方を企業も周囲もバックアップしていた(本人が辞めようとしても必死に遺留したり一時的に必要な資金を貸し付けて助けたりする等)こともある。

現在の30代後半~40代くらいの『中高年ニート』がなぜ増大するのかの理由については、まず『就職氷河期(ロストジェネレーション)・新卒一括採用からの年次別キャリア』を指摘することができるが、それ以上に影響を与えているのは『全般的な高学歴化による求職者の労働観・道徳観の意識変容や仕事の選り好み(職業階層の刷り込み)』だろう。

職業や仕事には、概ね以下の5つの側面を指摘することができ、最高に仕事が充実していてやり甲斐に満ちている人は、これら5つの側面をバランス良くクリアしていると解釈することができる。

1.生計(生活費)を稼ぐ手段

2.学歴や資格、能力(努力)に相応した社会的スクリーニングとその納得感。

3.自分のやりたいことや社会・他者に貢献できている感覚と関連した自己実現。

4.勤労の義務や世間体(人並みの生き方)を満たす対社会・対知人の自意識。

5.高所得・社会的地位・名誉・影響力など仕事を通じて得られる実利や俗欲。

現在の50代後半、60代以上くらいの世代になると、生まれた家庭が貧しいためにそこそこ勉強ができても全く学歴を得られなかったり、義務教育を終わるや否やうんもすんもなく強制的に出稼ぎのような形で都市部に集団就職させられたり(親元にお金を送らせられたり)した人が多く、高学歴者・専門職を除けば、職業・仕事の始点と基本は1の『生きるためのお金を稼ぐこと』に傾いていた。

そういった世代の人にとって、働くこととはイコール生きることであり、平均的な家庭には成人した子供を長期にわたって食わせる所得・資産がなく、田舎ほど子供が何してるかを詮索する周囲の世間体が強かったので、『働くか働かないかの選択肢や意識』そのものが初めから生じる余地がなかったし、学歴がないことによって自己評価も高くなく『雇ってもらえるだけでありがたい・どんな仕事でも与えられた仕事を一生懸命にこなせば認めてもらえる』という考え方を持つ求職者も多かった。

実際、50~60代の世代ではそんなに学歴や資格がなくても、大企業や大手の工場で長く勤務して昇進し、年功序列や能力主義、上司の評価などによって結構な役職にまで上り詰めて、今の大卒者の若者がいくら頑張っても届かない年収・肩書きを得ている人は少なからずいるはずである。非大卒の叩き上げの役員がいる中堅以上の企業は少なからずある。

こういった年代や自力で昇進した層になると自分の経験論から『努力・勤勉の価値』を過剰に高く見積りやすいが(学歴や資格などなくても真面目に働いていれば多くのチャンスがあると思いやすいが)、今は生半可な才覚と努力だけでは『正規のルート』を外れると逆転困難な構造が確立しており、特に一定以上の規模の会社では新卒採用を逃して実績のない『職務履歴の空白』が長びくと、そもそも入社そのものが極めて難しくなる。

中高年ニートの中にも、『あらゆる仕事に必要な能力や資質の最低ラインを下回っていて働けない人(ローアビリティ層)』と『一定の学歴・知性・能力・マナー(対話能力)があるが仕事の選別や自意識によって働かない人(ミドルアビリティ層)』とが分かれるだろう。

しかし、40代くらいの世代なら大半は高校程度は卒業していて、最低限の読み書き計算や接客可能なレベルの対人的コミュニケーションくらいはできるだろうから(知識教養のレベルでは高度なものを持っている人も少なからずいるだろうが)、心身の健康状態の上で働けるのに働いていないとしたら、『最低賃金前後の水準になりやすい非正規の求人・給料はそこそこ良いが体力的にきついガテン系や製造系の仕事』を割に合わないとか自分に合う仕事ではない(年齢的にバイトに行くのも恥ずかしい)とかいった理由で回避しているケースが大半だろう。

人間関係や初めての仕事感覚を楽しめる学生時代などのアルバイトを除いて、『1.生計(生活費)を稼ぐ手段』としてだけの興味・意欲を持てない仕事・職業というのは、中年世代になると精神的にはきついものになりやすいというのはあるだろう。

もっと年齢が上がって、60代に近づいてくれば『定年後のバイト・年金にプラスする副収入』のように受け取られやすくなったり、本人の自意識も弱まったり周囲も引退してくるので、警備・土木・タクシー・清掃・福祉などシルバー雇用型の仕事に応募しやすい心理状態になる人(もしくは親世代が死んで経済的必要に迫られて消極的選択をしていく人)も増えるかもしれない。

中高年ニート増加の背景にあるのは、『正規雇用の就職のハードルの上昇』と『正規雇用の早期退職率(ハードワークからの脱落率)の増加』であるが、より根本的には学歴インフレや現代社会の情報・娯楽の氾濫(労働以外の現代社会の享楽的・開放的な空気)などによって、『形式的に得られる学歴』と『実際にできる仕事の充実度』とのギャップが開きやすくなっているということである。

大卒者・院卒者であっても、『形式上の学歴』だけでは希望する職種・企業に就職しづらくなっているが(それだけ高学歴者の数が増えてパイも減っているが)、こういった人たちが就活に失敗したり早期退職したりして、長く無職になったりひきこもっていたからといって、『肉体労働でも飛び込み営業でも警備・皿洗いでもどんな仕事でもやります』というような自意識や職業観にはなかなか変われず、求人票を見ては自分にできそうな仕事がない(大半が類似の職種しか募集していないものである)と思っているうちに数年程度の時間はあっという間に過ぎ去ってしまうだろう。

形式的な高学歴化や社会における知識・情報・娯楽の氾濫によって、報酬が少なかったり先の見通しがなかったりする単純作業を黙々とこなし続けられる人材が減り続けていること(この仕事を10年、20年続けていてその先に何があるのかという疑念や虚無にふと襲われること)と、中高年ニートの増加は無関係ではないだろう。

このことは若者が前ほどバイトをしなくなったとか、飲食・販売・介護などの分野で慢性的な人手不足が構造化していることにもつながっているが、『学歴インフレ』によって誰もが大卒の形式的学歴で横並びになりやすくなったことに対して、『職業上(雇用形態上)の階層序列・優劣コンプレックスの意識』が前景化しやすくなった反動としても解釈することができる。

現実問題として20代から40代までの職業キャリアが全くの空白に近くて、特別な資格・実績もない場合には、本人のやる気だけがあってもアルバイトや単純作業型の派遣などの仕事しか見つからない可能性は高く(学卒後にずっと働いている人でさえ希望の職種・給与には届かない人が多いのだから)、年配になればなるほどそういった若者も多いバイトの空気・人間関係に馴染みにくくて長続きしないということにもなってくる。

現代人は自己愛や自尊心によって『1.生計(生活費)を稼ぐ手段だけの仕事』に埋没することが困難になり、『2.学歴や資格、能力(努力)に相応した社会的スクリーニングとその納得感』『3.自分のやりたいことや社会・他者に貢献できている感覚と関連した自己実現』『4.勤労の義務や世間体(人並みの生き方)を満たす対社会・対知人の自意識』『5.高所得・社会的地位・名誉・影響力など仕事を通じて得られる実利や俗欲』のすべては無理としても、そのうちの一つ二つは部分的に満たしたいと思う程度には、(自分の労働市場におけるシビアな客観評価は別として)仕事・職業に対して要求水準が高くなってしまっているのだろう。

食べるために何も考えずに働く、ゼロスタートから働く人生を始める、知識や情報を捨てて体当たりでぶつかるという意識転換ができる人の率が、現代では相当に落ち込んでいて、まっとうに働けている人でもいったんそのキャリアから脱落するとうつ病になったりひきこもりになったりする事例は珍しいものでもない。

こういった『雇用構造・職業選択・報酬水準』と『自意識・キャリア・能力水準』とのミスマッチは、かつてであればわがままを言わずに分相応にどんな仕事でもそれに感謝して生きろ(そうしないと食っていけないのだからとりあえずここに行け)で説得できていたのだが……現代ではサラリーマンのキャリアのやり直しの難しさとも合わさって、無為な時間で年齢を重ねれば重ねるほどに、『今さら頑張っても仕方がないのでは・ずっと年金も健康保険も払っていないし・最低賃金前後の仕事しかないし面接で履歴空白を指摘されそう・今まで勉強したことも何の意味もなかった・30~50代から半端にバイトなどで頑張っても余計に惨めな気持ちになる』といった悲観的・虚無的な認知で中高年ニートの状態が長期遷延しやすい。

こういった悲観的認知には、『良い大学に入れば良い企業に入れるはずといった親の育て方や職業観』が悪い方向に影響していることもあり、本人が『今の自分にできそうな仕事』で一生懸命に頑張ろうと思い始めても、親の『良い会社‐悪い会社・一人前の正規の仕事(地位・権威・報酬・見栄のある仕事)‐半人前の非正規の仕事』といった階層意識のある職業観が仕事のやる気を挫いてしまう恐れがある。更に、そういった無業遷延の状態に対して、誰も介入・援助してくれる第三者が現れにくいという『無縁化』の影響もあるだろう。

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