自分の好意・要求だけ押し付けても『相手にとっての魅力・楽しみの呈示』がないと上手くいかない。『自分の気持ち以外の要因』で断ると可能性として受け取られる恐れがあるが、乗り気でない女性を粘って無理に誘っても大抵楽しくはない。
いくら誘っても頻繁に断られる人は、大半が『自分の客観的な魅力・話題・生き方・年齢』などと照らして、高望みしているか生き方が異なる合わない相手(接点があまりない相手)を選んでいるか。誘う前の段階で自分にどれくらい興味や好意があるかだが、自分に寄ってくる(釣合いそうな)相手は逆に誘っていなかったりする。
女性でも『興味のない相手からばかり誘われる・好きな相手からは全く誘われない』の愚痴はありふれたものとしてある。一般に自己評価は他者の評価より高くなりやすい、そのズレが『自分が誘いたい相手と向こうが誘ってくる相手との不一致』を生む。
相手の人間性や言動を見ない壁が厚い人ほど、男女の相性の不一致・人格の未成熟に長く苦しむことにもなるが。
異なる生き方や価値観を持つ他者を放っておけないのは、人類の歴史と社会にある差別・偏見が示唆する所。女性の出産・育児は特に『人生の一回性・一方を選んで他を諦める選択淘汰・高コスト行動』の典型だから自分の選択が正しかったという自己正当化・承認欲は強まりやすい。
多様な考え方を認め合える世の中は『価値多元主義・文化相対主義』を実現した自由社会だが、『人生と子育ての一般的な大変さ・人生の選択肢ごとのコスト』がある限り、『自分の選択の正しさ・苦労や負担の価値』を他者との比較で確認したい衝動は消えない。結婚も出産も同調圧力や慣習抜きの個人の選択だった歴史は短い。
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