“ウェブ上で忘れられる権利”と“個人の賞罰を知る権利”

EU諸国では逮捕歴・前科・失態などを巡る『(ウェブ上で)忘れられる権利・検索されない権利』を主張して、Googleを提訴する動きが数年前から活発化している。

■優先すべきは知る権利か、人格権か 検索結果削除めぐり

EU諸国の民事裁判では、『Googleの検索インデックス』から提訴した個人に不都合な情報をGoogleに削除するように命令する判決が多く、『忘れられる権利・検索されない権利』は裁判所に訴え出れば認められる確率がかなり高くなっている。

『自分が過去に犯罪を犯したという記事・記録』は、ウェブ社会以前には新聞・雑誌には書きたてられたが、よほどの大事件・凶悪事件で無い限りは『人の噂も七十五日』でいつの間にか人々の話題から消えて自然に忘れられていくものであった。

ウェブと検索エンジンがまだ普及していなかった時代には、社会・他人が自分の悪事や逮捕歴について覚えていて話題に乗せたり差別的な対応をしてくるという『社会的制裁』に有効期間があった。

見ず知らずの他人に対する人間の興味関心には自ずから限界があり、かつてはわざわざ『忘れられる権利』など主張しなくても、人は新しい話題・流行や自分の生活の雑事に引き寄せられて、勝手に昔の犯罪など忘れてくれていたわけである。

しかし、ウェブに記載(アーカイヴ)された情報はいくら時間が流れても、『人間の記憶の内容・興味の意識』のように劣化しない、5年後でも10年後でも固有名(実名)・地域と事件名などで検索すれば『○年○月○日に~の罪状で○○容疑者が逮捕された旨』の情報が出てくるので、『不名誉な記憶の亡霊』がいつ蘇ってくるか分からない不安が常にある。

永遠に消えない不名誉な個人情報が『社会的制裁の強度』として適切なものなのかどうかは、『前科のある本人の更生・意識の度合い』によって異なってくると思うが、『殺人・強盗殺人・テロ・無差別殺傷』などの凶悪犯罪はともかくとして『軽犯罪の微罪の場合』にそこまで永続的な社会的制裁を与えることが適切か(更生・再犯抑止に役立つか)といわれるとかなり微妙ではある。

しかし、現実として言えるのは、犯罪の悪質性・インパクト・話題性などが強ければ強いほど、『検索エンジンからの一時的な個人情報の消去』だけでは『忘れられる権利』を守ることはできないということであり、インターネット上からあらゆる過去の犯罪・前科を推測させる自分の情報を消し去ることなど不可能ということである。

極端な事例でいえば、幼女連続殺人犯の宮崎勤だとか、オウム真理教事件の麻原彰晃(松本智津夫)・上祐史浩だとか、秋葉原連続殺傷事件の加藤智大だとかいった犯罪史上で知名度の高い個人情報を、『忘れられる権利』を主張して検索インデックスから消すことは適切ではないと同時に、現実的に無数に複製・拡散された彼らのすべての情報を消去することなどは不可能である。更には人々の頭の中にある記憶からさえも消えにくい。

どのくらいの悪事や犯罪をすれば、『永遠に忘れてもらえない個人情報・忘れるべきではない人物』になるのかという境界線は難しいが、一般に殺人をしたり大怪我(障害が残るほどの加害)をさせたりする利己的な凶悪犯罪についてはなかなか忘れてもらえないし、ウェブ上でも大量の情報の複製・拡散が行われやすいと言えるだろう。

被害者の数が多くなればなるほど、怒り・恨み・復讐の義憤を惹起するネガティブな社会的インパクトも強くなるが、問題になりやすい性犯罪については強姦殺人・拉致監禁の強姦など極めて凶悪性の高いものもあれば、痴漢・露出・盗撮・売買春(合意のある売買春)など、卑劣・変態な悪事ではあるが性犯罪としては凶悪性・社会的影響度の弱いものもあるので、すべてを一律に扱うのは難しいかもしれない。

第三者が『個人の賞罰を知る権利』をどこまで保障すべきかも難しいが、『ウェブ上での検索』が問題視されやすいのは『前科・逮捕歴の情報にアクセスするまでの時間と経費のコスト』が極めて安いかほぼゼロであるためで、昔からある『興信所を使って個人の過去の賞罰・前科を知る方法(その場ですぐに検索するわけではなく一定の費用と時間を費やして本当に調べたい人だけが調べる方法)』まで法律で禁止せよという声は殆どない。

いったん情報が複製・拡散されてしまうと、ウェブ上ですべての自分にまつわる不都合・不名誉な情報を完全に消すことは不可能に近いという認識を持つ事がまず大切で、ウェブ時代においては『新聞・雑誌にセンセーショナルに報道されるような犯罪』をはじめとしてあらゆる実名報道の可能性がある犯罪を犯すことは、『未来においてもいつ自分の悪事の記録が検索されるか分からないというリスク』を覚悟しておかなければならない。

訴訟を起こして一時的に個人情報を検索エンジンから削除しても、また誰かが自分の名前を出して過去の事件に言及したり議論したりすれば、元の木阿弥でまた裁判を起こさなければならなくなり、知名度・話題性がある程度高い事件に容疑者として関わればもう個人情報を消しても消しても終わらないいたちごっこ(大規模・猟奇的な犯罪なら絶対に消せないことにもなるが)になりかねない。

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