辰吉丈一郎が何歳になっても現役ボクサーとしての鍛錬・生活を続けるのはなぜなのだろう?

プロスポーツ選手は『金銭・名声』の為に腕を磨く動機づけも強く引退後に不摂生・贅沢・女等で身を持ち崩す者も多いが、辰吉丈一郎はボクシングを利益・期間不問の『道』とした感じがある。

辰吉丈一郎が無収入でも引退勧告されても「ボクシングをやめない理由」

薬物逮捕で騒動を起こした清原和博は高級車を買い集める車道楽が銀座遊びと併せ『経済難』の一因になったとされるが、薬師寺保栄(辰吉が挑発して敗れたが)も車好きで知られる。辰吉は大金を得た後も『車や豪邸・女・夜遊び・外見』等での享楽・虚勢に関心を奪われた形跡が薄く、ボクサーとしての鍛錬の日課を乱さないストイックさは際立つ。

辰吉本人のインタビュー動画などを幾つか見た事があるが、喧嘩自慢のヤンキーの出自で勉強的な頭の良さや語彙の豊富さはないが、ボクシングの世界でチャンピオンまで登り詰めそこから転落した経験、修行者のように変わらない鍛錬の継続によって彼独自の一貫した人生哲学や信念が実践的習慣的に形成された風情がある。

辰吉が自己認識として語る『自分はボクシング以外に何をやったらいいのか分からない・現役の時と同じ戦える体を作る習慣を途切れさせたくない』というのは本音だと思うが、平均生涯賃金以上の報酬を得て無駄遣いせず節約生活をしている(いざとなればタレント需要はある)前提なら、道としてのボクシング馬鹿を貫徹できる。

数千万円のCMの案件を断った理由の一つも、ボクサーとしての日課をこなさなくても結果を出さなくても簡単に大金を得る経験を一度でもすれば、ボクシングを生涯継続する『道』が途切れるリスクがあるからだろう。車・女・グルメなど俗な欲求のストイックな制限も、ボクサーとしての習慣・意識の持続に必要な面は強くある。

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