高知東生の薬物事件の雑感:妻・高島礼子との関係と芸能界引退の役割喪失の影響

高知東生は高島礼子と結婚し食いっぱぐれはなくなったかもしれないが、『俳優・高知東生』という固有名の認知・需要は落ち実質の廃業に至った。恵まれた環境に見えるが、著名人の夫で何もしなくていい状況は自立・自尊・役割をスポイルされる苦悩と表裏にも思える。

自分が稼がないといけないという緊張感や義務感に欠けた日々が、覚醒剤や不倫の誘惑を強めた可能性もあり(元々の性格上の問題もあるかもしれないが)、『小人閑居して不善をなす』といった論語の格言も思い出される。

夫の逮捕に高島礼子「ただただ驚いて困惑」

33歳の元芸能人の女性とホテルで覚醒剤を所持して不倫をしていたと報じられているが、『ただただ驚いた』という高島礼子も、夫にもっと頑張れとは思わず、夫の人相・生活(女性関係)の変化に気づかない程度には自由に放任していたのかもしれない。

経済生活の面では気楽なポジションだが、高知東生という人も一度は芸能人で身を立てる野心を持った人で廃業・無為は本意ではなかった部分があるのではないかと思う。『義父の介護』をするというある種の嘘も『芸能界引退の強引な理由づけ』であり、個人経営のエステを開業したといっても『自分の果たすべき役割の喪失』というのは意外に大きなものである。

清原和博も『野球という活躍と承認の場を喪失したこと』や『極道かぶれで業界の居場所と社会的評価を失ったこと』が薬物に溺れるきっかけとなったが、人はお金さえあれば道を踏み外さないわけではない。『自分のやるべき事とやりたい事・自分が認められる場と関係』がなくなると、薬・女・賭博の快楽に依存し転落しやすい。

野球で活躍して認められること、芸能で認められ居場所を得ることは、大勢の期待に答えて収入と評価を得る事で、承認欲求と自己肯定の強烈な快感をもたらす。この快感は依存性を持つ。ピークを過ぎたり大きな挫折をした場合に、過去に執着せず、新たな活動・関係・役割を見つけ自己変革で適応できるかでその後の人生も変わる。

薬物に手を出しやすい人の特徴は『反社会的勢力・薬物売買ネットとのつながりを生む人間関係(男女関係)』と『お金はあるのに人生が楽しくない人・享楽的なお金の使い道を求める人』であろう。性格的には『負けん気と競争心が強く反骨精神・やせ我慢で充実の見栄を張る』など、自罰的なうつにはなりにくいが、堕落して羽目を外しすぎると限度を見失ってしまう。

一般人と芸能人(スター)の差として『栄光と才能、楽しさのピークから納得できない現状への転落』があり、『あの時の高揚・快感・集中・創造性をもう一度得たい渇望』が薬物の誘惑を強めやすいのかも。過去の栄光と興奮にしがみついて、一般人より地道な努力でやり直す事が無意味に感じやすくなる等もあるだろう。

かつてのスターや成功者で絶頂期が過ぎた後に、普通に暮らせる人も多いのだが、薬物に逃避して依存する人は『自分がやりたいこと・興味関心のあること』がなくて、『他人からどれだけ賞賛されるか・他人から素晴らしい存在として見られるか』しか生きがいがなくなり何をやってもつまらないとなる。

『他人からどれだけ賞賛されるか・他人から素晴らしい存在として見られるか』の基準ではどうあがいても、昔のような評価・収入・名誉は得られないとなると、今度は『脳内の快楽・快感の水準』で今の惨めさや虚しさを覆い隠そうとする衝動に勝てず、お金があればすぐに得やすい女・酒・賭博・薬物に行きやすい。

自己愛が強く他律的な価値判断で生きているにも関わらず、『社会や他者の為に貢献する・身近な小さな幸せや関係を見直す・支えてくれた人に感謝する』などの発想にいかないのも薬物などに転落しやすい人の特徴かも。『自分がどれだけ影響力を持つか・人からちやほや処遇されるか』にこだわって虚無感・不平不満に呑まれる。

『現時点の自分・生活に納得できなくて辛くて面白くない』ということがある時に、価値観や生き方を見つめ直して『今の自分の身の丈にあった努力や興味関心を見つけなおす』というのがまっとうな人生の生き方であり、『自分以外の他者や社会にも合わせて認められる方向』でも考えたりするものですが、そこが麻痺しやすい。

美魔女だとか女医だとかの詐欺事件もあったが、『私はとても素晴らしくて能力や美貌のある存在なのに、この程度の賞賛や楽しみしか与えられないのはおかしいし一般人より恵まれてないと納得できない』となると、お金に過剰な執着をするケースもある。自己愛の強さや過去の栄光が、今の俗な欲望を正当化すると『人の道』を踏み外しかねない危うさが強まってしまう。

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