日本に限らないが政治家は古代以来の支配層で、近代民主主義は『財と権限を握る支配者』を『国・国民の為に奉仕する代表者』に変質させた。だが政治家は税源・権限を得て当然で蓄財できるという特権階級の意識は未だ残る。
富山市議会だけでなく地方議会は『不正な既得権益の温床』の可能性はある。今まで『政治家の政治資金』は大まかに申告すれば監査なしでフリーハンドで認められてきた。私的な物品購入や移動・宿泊費も含むコストを政治家になればゼロに近づけられる事(かつては名目あればグリーン席も無料)は自明の特権だった。
最近になってようやく政治家も『国民の一員』として『税金の使徒の適切性』が詳しく監査されるようになり、『政治家の支配階層性・特権性』に楔が打ち込まれた。政治家になれば経済的・権限的に大きなメリットがある前提が疑問視されてきた。富山市議会の高齢議員は本音では政治家のカネに対する監視強化に怒り心頭だろう。
地方の特に三世代以上の名家の世襲議員からすれば、『自分は一般庶民とは異なる・政治家として一定の権益を世襲してきた』という身分的な自意識がある可能性は高く、どうして今になって『今まで認められたザルな政治資金(政治家の旨みになる要素)』が許されないのかという時代錯誤な自己特別視もあるだろう。
兼業も多く実働時間の短い地方議員の年収1000万前後もかなり高い水準ではあるが、地方政治の最大の問題点は『競争原理が働いていない(候補者が少なく多選が多い)・地方の有権者自体が地方議会に無関心である(オンブズマンなど一部の監査者除き)』ということだろう。見られていなければ、権力は腐敗する。
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