映画『君の名は。』の感想

総合評価 95点/100点

2016年に大ヒットした新海誠監督の長編アニメーション映画ですが、『君の名は。』がようやくネットレンタル可能になったので見てみました。

予備知識なしで見たので、高校生の男女の体が入れ替わるドタバタした恋愛アニメという印象しかなかったのですが、実際に見てみると予想以上に写実的な映像が綺麗で、『時間軸のズレ』を伴って入れ替わった二人が、『彗星衝突による未来の運命』を変えていくという内容も完成度の高い作品でした。

都市や村落、電車、歩道橋、スマホなどの風景・道具が非常に写実的にリアルに描かれているので、現実世界の中でアニメの登場人物が活動しているような感覚で見ることができるのですが、背景やモノは写真を土台にしてアニメ調に加工したものなのでしょう。

過去のアニメ作品と比べると、最近のアニメ作品は背景・モノが写真ベースでリアルに描き込まれているものが多く、全体がいかにも作り物の漫画(アニメ)という感じではなく、リアリティーのあるアニメ世界の創出といった側面が強くなっています。さまざまな役柄やキャリアによって色のつく俳優よりも、アニメ映画のほうが『キャラクターのオリジナリティー・作品の一回性』を打ち出しやすいメリットもあります。

ある朝、目を覚ますと東京の四ツ谷で暮らす男子高校生・立花瀧(たちばなたき)は、岐阜県飛騨地方の山奥にある糸守町に住む女子高生・宮水三葉(みやみずみつは)になっていた。宮水三葉のほうは逆に立花瀧になっており、お互いに異性の身体になった自分に驚いて興奮したり恥ずかしがったりしながらも、『夢』だと思って現実の自分とは正反対の性別・環境で一日を過ごした。

そういった身体の入れ替わりが、週に2~3回の頻度で繰り返されるうちに、それまでただの『夢』だと思っていたことが、周囲の友人の反応や状況の変化から本当に実在する誰かと入れ替わっているのだと気づく。しかし、入れ替わっている間の記憶は曖昧ですぐに忘れてしまうため、二人はスマホのメモを交換日記のようにして使い、お互いが相手の体に入っている時に何をしたのかを書き残すことが習慣になっていった。

瀧になった三葉は共感・裁縫などの女子力を発揮して、バイト先の憧れの先輩・奥寺ミキとの関係を勝手に深め、スマホのメモに『明日は奥寺先輩とデートです』と書き残して瀧をあたふたとさせる。三葉になった瀧は宮水神社の神事に巫女として参加し、口噛み酒を作って山上にある宮水神社の御神体に奉納したが、この口噛み酒が後で『時間軸のズレ』を移動させて二人を引き合わせる媒体になっている。

繰り返し入れ替わりを体験するうちに、立花瀧は宮水三葉に惹かれ、宮水三葉は立花瀧に惹かれるようになっていき、お互いにメモに残していた電話番号に電話をかけて直接話そうとするが、『電波がつながらない場所にいるか、電源が…』のアナウンスが繰り返されてどうしてもつながらない。奥寺先輩はデート中に以前の瀧(三葉が入っていた時の瀧)と全く様子や反応が違っていることに気づき、『他に好きな人がいるんでしょう』とズバリ指摘してくる。

頻繁に起こっていた不思議な入れ替わりの現象が突然起こらなくなり、お互いに対する記憶も薄れていく中、瀧は何とか三葉のいた飛騨地方の糸守の風景のスケッチを描きあげ、それを便りにして飛騨にいる三葉に直接会おうと計画する。いつもと違って落ち着かない瀧の様子を心配していた友人・藤井司とバイト先の先輩・奥寺ミキも、飛騨の探索行に同行することになる。

山のスケッチを手にして飛騨の人々にどこの山・村なのかを聞き込みするが、なかなか知っている人には出会わない。もう諦めようと思って立ち寄ったラーメン屋で、偶然スケッチを目にした女将さんが『その絵、糸守でしょう。よく描けている』と声をかけてくれ、スケッチに描かれている山の風景が、3年前にティアマト彗星の破片直撃で消滅した『糸守町』であることを知らされて愕然とさせられる。

瀧が必死になって探していた三葉という高校生の少女は、既に三年前の彗星破片の直撃によって亡くなっており、携帯電話がつながらないのも当然だったのである。それでも三葉が既に死んでいることに納得できない瀧は、スマホのメモに残っている三葉が書いてくれたメモ書きを『生きている証拠』として司・ミキに見せようとするのだが、表示した途端に文字が崩れて一切の情報の痕跡が嘘のように消えてしまった。

『三年間の時間軸のズレ』を伴って瀧と三葉は入れ替わっていたというのが一つのネタばらしになるが、ここに至るまでは、二人が生きている時間がズレていること(違う時代を生きていること)は概ね分からないように周到なプロットが組まれている。瀧が三葉を実際に糸守に訪ねようとした時には三葉は既に死んでいて、三葉が瀧を実際に東京に訪ねようとした時には瀧はまだ中学生で三葉のことなど全く知らなかったのである。

まだ中学生の瀧を電車の中で見かけた三葉は、一目で瀧であることを確信して声をかけたが、三葉との身体の入れ替わりを体験したこともない中学生の瀧の反応は『お前、誰?』という冷たいものであった。

瀧に冷たくあしらわれた失恋の傷心から髪を切った三葉は、その後まもなく彗星の破片直撃でこの世を去ってしまうのだが、瀧と会った時に渡した飛騨の伝統手芸品である『組紐』も時間軸のズレを埋め合わせる縁を象徴するキーアイテムになっている。

長年、組紐を編み続けてきた三葉の祖母の宮水一葉が、御神体に向かう登山中に、組紐について『組紐は時間のねじれや人の縁を象徴していて合わさったりほどけたり再び組み合わされたりする』といった話を三葉に淡々としているのが、時間が巻き戻せる可能性の伏線として効いている。

三葉との入れ替わりが現実だったと信じる瀧は、口噛み酒を奉納した山上の御神体に一人で登って、三年前に三葉の体に入った自分が作った口噛み酒が苔むして古びたままそこに奉納されていることを確認した。不思議な霊力が宿るとされる口噛み酒によって、もう一度身体の入れ替わりが引き起こされるのではないかという可能性に賭けて瀧は口噛み酒を飲み、再び『隕石(彗星破片)の直撃する直前の三葉』の身体に入ることができた。

ここから先は三葉の身体に入った瀧が、隕石直撃が起こる前に糸守町の人々を避難させるために、友人の勅使河原克彦、名取早耶香の2人の協力を得ながら必死に駆けずり回る。

糸守町が間もなく起こる隕石直撃で一瞬にして消滅し、約500人が犠牲になるという未来を既に知っている三葉(瀧)からすれば、『迫り来る既定の悲劇からの避難』なのだが、お祭りと彗星の天体ショーに浮かれる住民の人々からすれば俄に信じられる話ではない、三葉(入れ替わっている瀧)らは一計を案じて何とか三葉と村人を救おうと奮闘する。

糸守町避難計画の途中で、三葉(人格は瀧)と瀧(人格は三葉)は導かれるように御神体のある山に登り、『口噛み酒』の効果で時間を超えて『お互いの声』を聞くことができ、日が暮れゆく『黄昏時(作中では架空の言葉で彼は誰れ時=かたわれ時と呼ばれる)』の一瞬の神秘的な力で『お互いの姿』が見えただけでなく、身体も元に戻って、本物の瀧と三葉として初めて会って言葉を交わすことができた。

時空を超えた初めての邂逅の瞬間は、エンディングの『君の名前は。』と呼びかける場面と並んで感情的なカタルシスを引き起こす場面だろう。

初めて会えた感動と喜びにゆっくり浸る時間もないまま、瀧は三年前に貰っていた組紐を三葉に返して、お互いの名前と存在を決して忘れないように手のひらに名前を書くことにするが、黄昏時の終わりと共にマジックの文字が書けなくなり、あっという間に元の時間に引き戻されて離れ離れになってしまった。あれほどもう忘れないと誓っていた瀧と三葉だったが、相手の名前の記憶は短時間で薄れて消えていってしまう。

ティアマト彗星の破片直撃によって糸守町が消滅するという運命は変えられなかったが、瀧は愛する三葉をはじめとする糸守町の人々の生命を救う運命の転換に大きな役割を果たすことができた。しかし隕石直撃から8年後、あれほど想い続けてどうしても会いたかった三葉の存在も名前も瀧はすっかり忘れてしまい、三葉も同じように瀧の存在と名前を忘れてしまっていた。

同じ東京にいる瀧と三葉は過去の入れ替わりにまつわる記憶の全てを失い、それぞれの人生を生きていたが、心の中に常に『出会うべき誰かを探している』という衝動にも似た晴れない思いを抱えていた。エンディングでは、並走する別々の電車の車窓からお互いを見つけた瀧と三葉が、知らない人なのに知っているというデジャヴュのような感覚に襲われる。

何かに取りつかれたように急いで相手が下車した駅に向かって走り、住宅地にある神社階段で向き合うと同時に涙が自然に流れだし、『君の名前は?』と問いかけて終わる。そこに至るまで、お互いに気づきそうで気づかない状況がいくつもあり、『早くどちらかが気づいてやれよ。まさか相手の存在に気づかないまま終わるバッドエンドにするつもりじゃないだろうな』というもどかしい焦る思いを掻き立てる流れの演出も上手い。

映画『君の名は。』は『男女の身体交換・運命の恋人・隕石衝突の回避』といったありふれたテーマでありながら、『実写的な美しい映像表現とアニメの融合感・悲劇的な時間軸のズレ・思春期の甘い感情と懐かしい関係・薄れゆく記憶と感情の寂しさ・決められた結末の転換・クライマックスを煽る音楽との相性』などで自然に作品世界にはまり込まされてしまう。

昨年の大ヒット作でありながら、見る前は興味を惹かれる映画ではなかったのですが、実際に見てみると思っているよりも感情移入させられる場面が多く、二人の対面や再会、悲劇の回避を応援したい気持ちにもさせられる良い作品でした。

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