映画『思い出のマーニー』の感想

総合評価 79点/100点

この世には『内側』と『外側』があって、自分は他人と上手くふれあったり交流することができない『外側の人間』だと思い込んでいる内向的な少女の杏奈。気管支喘息の発作がある杏奈は、美術の授業で写生をしている時に発作を起こして塞ぎ込んでしまう。喘息による健康上のコンプレックスや活発に動けないこともあって、学校の友達と親しく打ち解けることができずにいる。

血のつながりがない母親・佐々木頼子との関係も、母親が行政から特別な育児手当てを受け取っていることを知った時からぎくしゃくし始めている。頼子はとても優しくて杏奈を実の子供として大切に育てているのだが、手当てのことが脳裏にちらついて、自分が母親の本当の子供ではない(もしかしたらお金がもらえるから大切に育ててくれているだけかもしれない)という現実がのしかかってくる。頼子も杏奈のよそよそしい反応を感じ取って、どこか他人行儀な距離のある遠慮したやり取りになってしまいがちである。

自分の心を開くことができず、学校で友達がいないことも合わさって、杏奈はますます自分を外側の孤独な人間(みんなとは決定的に違っている人間)、誰とも親しく理解し合えない人間だと思うようになっていく。他者との交流を拒絶して自分の殻に閉じこもってしまいやすい杏奈の転機は、喘息の転地療法で親戚のおじさん・おばさんがいる『海辺の村』に行ったことから始まる。

頼子の親類である大岩清正・セツ夫妻は、素朴な明るい人柄で杏奈を実の子供のように可愛がってくれ、自分の家だと思ってくつろいでいいと言ってくれた。しかし、杏奈は海辺の村の子供たちとも距離を置いており、夏祭りで杏奈と仲良くなろうとしてしきりに馴れ馴れしく話しかけてくる子にも、酷い言葉をぶつけて傷つけてしまう。自分のプライベートな領域には誰も入ってきて欲しくないと思う杏奈は、空気の綺麗な田舎の村でも同世代の子供たちと打ち解けることはできずにいた。

杏奈は海岸沿いに建つ『湿っ地屋敷』という古い屋敷になぜか引き付けられ、干潮の時に屋敷に近づいていった。潮が満ちると歩いては戻れなくなるのだが、無口な釣り人の十一(といち)が小舟に乗せて送ってくれた。杏奈は湿っ地屋敷に住んでいるお嬢様の金髪の少女マーニーと知り合うが、お互いのことをまるで昔からの友人のように感じ、あっという間に親友のような感情を持つようになる。

杏奈はマーニーと会うために頻繁に屋敷へ通うようになるのだが、地元の人たちは、湿っ地屋敷を長年誰も住んでいない無人の不気味な屋敷と言っていて、幽霊が出るという噂もあった。確かに、夜に見る湿っ地屋敷は豪壮で立派な新しいお屋敷なのに、昼間に近寄ってみると湿っ地屋敷は外装のペンキが剥げ落ち、内装も荒れていてまるで廃墟のような佇まいである。昼にはマーニーと会うこともできないのだが、夜の約束の時間に海辺に行くと、マーニーは船でやって来ていて一緒に屋敷に向かうことになる。

屋敷には、マーニーの両親やばあや、お手伝いの双子がいたし、華やかで贅沢なパーティーが開かれていたりもした。杏奈とマーニーはお互いの秘密や悩みを森で語り合って親交を深めたが、マーニーがばあやに閉じ込められて怖い思いをしていた崖の上のサイロに杏奈が行った時には、荒れ狂う嵐の中、マーニーは杏奈を置いて一人で帰ってしまっていた。

そのことが許せない杏奈はマーニーに怒るが、杏奈の不思議な幻想とも幻覚とも思える『マーニーと一緒にいられる世界』は静かに終わりに近づいていた。

『お願いだから、私のことを許すと言って』、青い窓に閉じ込められて外に出てこれないマーニーが、これが会える最後の時になってしまうとばかりに杏奈に対して必死に呼びかける。いつもとは違うマーニーの空気を感じ取った杏奈は、それまでの怒りを忘れて海の水に足を浸しながら、『許すわ。あなたのことが大好きよ』と大声で答えを返す。

自分のことを許して欲しいと訴えたマーニーの言葉は、現実には世代を越えた許しを求める呼びかけであり、生まれてからずっと誰にも愛されていないと感じて自分を疎外していた杏奈を何とか救い出してあげようとする声でもあった。

マーニーと知り合ったことで、杏奈は初めて自分の心を開いて思いのままを語り合うことができたのだが、マーニーが自分とは違う時間と場所で生きている女の子であることが、少しずつ杏奈にも分かってくる。『わたしたちのことは秘密よ、永久に』と誓い合った杏奈とマーニーだったが、同時代を生きる親友のように長く一緒にいることはできない運命にあった。

湿っ地屋敷に引っ越してきた小学生の彩香と共に、『マーニーの残した古い日記』を読みながら、屋敷に住んでいた金髪の美少女マーニーの過去と実像が少しずつ明らかになっていく。子供時代のマーニーを実際に知っている絵描きの久子からの話も聞くことができた。

日本人離れした深いブルーの瞳を持つ杏奈と金髪のマーニーとの接点がつながっていき、杏奈は自分もまた愛され祝福されている存在なのだという確信を持てるようになる。母親の頼子の無償の愛情を信じられるようにもなり、人と向き合っていきたいという気持ちの変化が生じる。転地療法の田舎暮らしを終えて東京に帰る杏奈は、いつの間にか『外側』から『内側』へと自分のあり方を位置づけ直していた。

原作はジョーン・G・ロビンソンが書いたイギリスの児童文学『思い出のマーニー』だが、イラストの絵が非常に精緻であり、海辺の風景や建物にも風情が感じられる。音楽も良いと思うが、予告編で使われている印象的なプリシラ・アーンの“Fine On The Outside”がそれほど作品の中で効果的に使われているように感じられなかったのはやや残念である。