“要領・愛想の良い若者”や“家事メンの若者”が増えている印象とバランス要求・感情労働の問題

現在のサービス業をはじめとした労働現場で、『要領・愛想の良い若者,テキパキと仕事をこなしている印象の強い人』が増えたという記事を見かけた。

確かに一昔前と比較するとコンビニでも飲食店でもカフェでもアパレルでも、第一印象的(表層の外観的)なものであるが『意欲・接遇スキル』の高い若手の人材が目立つようになり、店舗で(役所でも)やる気・愛想のない接客やテキパキしていない接遇・応対をされる機会はかなり減ったと感じる。

テキパキしていない奴、愛想も要領も悪い奴はどこへ行ったのか

もちろん、店の差や個人差は大きいのだが、約20年くらい前のコンビニの店員には、言葉遣いも服装・髪型も適当なだるそうなヤンキー兄ちゃんがいたり、下手をするとバックヤードに長い時間引っ込んでいて、呼びかけてもしばらくレジに出てこなかったりした記憶もあるし、夜間に店員の友達がたむろしてだべっていたコンビニは翌年にあっけなく潰れていたw

近年のコンビニやスーパー、飲食店でそういったやる気のない店員がいる店はほぼ皆無で、マニュアル教育の徹底もあるだろうが、概ねかなり親切丁寧な接遇(高齢者の顧客には個別に雑談めいた声かけなどもしていたり)に変わっているが、その反動なのか少子化なのかいくら募集をかけても人材不足を解消できない店舗も増えた。

ちょっとお洒落なカフェやレストラン、バー、ホテルなどでも、店員には記事にあるようなつるつるぴかぴかな印象のスマートな気の利く人材が増えている。人目を引くイケメンや美人がそれほど高給ではない店舗のバイトに従事していたりもするが、店舗の雰囲気や店員の感じによってはアルバイトといえども、かなり『雇われるハードル』が高めになっていて、採用条件に文書として明示していなくても『求めている人材の特徴・能力』を暗黙裡に要求しているような感じがある。

そういった人材のコミュニケーション能力や外見・接遇・要領の良さの印象による店舗側の選別は、店員のサービス業務に対する自覚や士気を高まりやすくする効果がある一方、『(店舗が暗黙裡に要求する)愛想・要領・外見・年齢に自信のない少なくない人材』を、事前にサービス労働の労働市場から排除する圧力として作用する。

こういったサービス業務の過度のハイクオリティ化や要求水準の向上に対しては、かねてから『感情労働の拡大・新たなストレス社会の要因(働く人の精神的負担の増大)』といった指摘もある。

もちろん、製造業をはじめとする第二次産業分野や店舗・業務の表層的なサービスの質や印象の良さが問われない実務的分野(専門的分野)があるので、労働市場全体からすれば『要領・愛想・対応が良くない人材』であっても適材適所で働ける場所は沢山あるが、先進国の産業構造の変化(第三次産業化)では『他者に良い印象を与えられるコミュニケーションと表層の人間性』といったものが仕事内容やその評価と少なからず関係する場面が増えている。

コンビニのアルバイトなどもPOSレジが多機能化したりコンビニ業務が拡大する前は、単純労働の一種として認識されがちだったが、近年は『(複数作業の同時進行としての)マルチタスク+コミュニケーションスキル』がバイトにも要求されるようになっており、本当にとろかったり物覚えが悪かったり機転が効かなかったりする人には働きにくくなっているのかもしれない。

かつては無愛想だったり要領が悪かったり、人付き合い(コミュニケーション)が下手だったりする人でも、『寡黙にコツコツと身体を動かして働けば良いという職場(愛想笑いや無駄話の関係調整は不要という職種)』が多くあったが、現在は先進国の産業構造の変化によってそういった『他者からの印象評価やコミュニケーションをあまり気にしなくても良い黙々と作業だけをする職業・職人』が減ってきたし、一部の専門職・総合職を除けば待遇も悪くなっている。

4人に1人は2時間超=休日「家事メン」、若いほど長く

『家事メン』も仕事と家庭をバランス良く両立させる要領の良い男性と重なる部分があるが、『感情労働・コミュニケーションスキル・印象評価(外観や対話の評価)』というのは現代社会における仕事や人間関係、社交性などを規定する重要な要因になっているのは確かだろう。

他者と合わせる、他者に良い印象を持ってもらう、他者に良い気分になってもらうということが、過去のどの時代よりも高い価値(ニーズ)を持ちやすくなっている時代の変化の中で、その時代の空気感やストレス(過度のサービス・同調圧力・愛想の良さの要求)に自分はそこまでついていけないと感じて脱落する人材も出てくるだろう。

『無愛想・不器用・無口・感情表現が乏しい・第一印象が良くない』などの特徴を持つ人に、じっくりと向き合ってその良さを見出していこうとするような根気や余裕を持ちにくい『スピード社会の進展』といった要素もあるし、家事メンにしても感情労働(サービス業の高度化)にしても、『一つの道の寡黙な貫徹・自分との向き合い』よりも『複数の事柄のバランス感・他者への印象形成』に労力をかけなければ評価されにくい分野や関係が増えているのだろうか。

それと同時に、専門性を深化させていったりニッチな分野を突き詰めたビジネス・職務の希少性が増したり、デジタルなビジネス空間で無言・数字だけの商取引が加速したりといった、感情労働とは反対のベクトルの社会変化も進んでいるわけだが。

愛想が悪いほうでもないし、コミュニケーションも好きなほうだが、それでも完璧なスマイルと愛想の良さで機転の効いた気持ちの良い接客をされると、反対の立場だと自分はそこまでの印象形成の魅力(感情労働のハイクオリティ化)には及ばないなという思いを抱かされたりもするし、サービス業の本音と建前の分化によるストレス(かつてはサービスの付加価値を誰でもできるものとして否定していた日本社会の評価軸の変化)などにも想像力を刺激されたりもする。