商品価格が安い店や店員の給与が低い店だとそれなりの接客対応しか期待できないとか期待すべきでないとかいう意見もあるが、一概に『高級店の接客』と『大衆店・チェーン店の接客』のどちらが上でどちらが下かというのを断定することは難しい。
結局、価格を指標とする店の格は『フォーマルで丁寧さを極めた接客+客のニーズを先取りするコンフォータブルな接遇のスキルの高さ』をある程度まで保障してくれるだけとも言えるからである。
客の価値観やニーズによっては『あまりに気取った店の雰囲気を好まない・絶対に崩れないフォーマルな態度・過剰に丁寧な言葉遣いに心理的な距離感を感じる(自分がその場ににつかわしくないとかハートフルな接客に欠けるとか感じる)』というカウンターの不満感も生まれる可能性がある。
ミシュランガイドに三ツ星評価で載るようなお店やホテルの接客の良さというのは、『非日常的・演出的な過剰サービスの満足感や特別扱い』に近く、仮に毎日のようにこういった接客サービスを受けられるとしたら、いずれは『居心地の良さのレベル』は落ちて『形式的・演技的な取り繕いの空虚さ』のほうが目立つ恐れもある。
逆に、大して価格の高いお店でなくても、行きつけの飲み屋や定食屋、レストラン、コンビニなどでも、自分をある程度個人として認識してくれて、ちょっとした声かけや軽い雑談でもしてくれる店員がいるようなお店のほうが、接客の満足度は高くなるかもしれないし、そういった関係性があれば『店員の多少の粗相・ミス・言葉の乱れ』もなぜか気にならなくなるものである。
お店の接客対応の最低ラインは『お客に不快感・苛立ちを与えないこと』や『言葉遣い・動作・態度が敵対的だったり荒っぽかったりしないこと』であり、過半のお店はこのラインは超えているように思う。
お店を利用するお客側のマナーの最低ラインは『店員に威圧的・命令的・乱暴な態度を取らないこと』や『自分の欲しい商品やしてほしいサービスについて分かりやすく伝えること(何を言っているか分からない小声・指差し・断片的な言葉で勝手に察してくれることを期待して思い通りにならないからと怒らないこと)』だろう。
お店や店長によるマニュアル型の教育は『お店で注文(買い物)をするお客がスムーズに目的を達成できるようにシーケンシャル(連続的)な言葉と行動のやり取りを並べたもの』であり、そこには『最低限度の笑顔・礼節』はあってもあくまで決められたパターン化された言葉・態度に過ぎないという限界は当然ある。
限界はあるが、大衆店・チェーン店であれば、このレベルの『決められた通りの言葉遣いと動作+売り場(メニュー)にあるもののそれなりの商品知識+商品の注文の確認と提供+レジでの定型の会計』ができれば、とりあえずクレームや大きな不満がでないように設計されているので、それ以上の『心理的にコンフォータブルな接客(自分がしてほしいサービスや声かけを先回りしてやってくれるような接客+自分を一人の実名的な人間として丁寧に扱って細々と対話してもらうような接客)』をしてもらいたいというニーズは過大な要求になりやすい。
店員の接客スキルというか温かみのある人間性や接客状況における意欲の個人差は極めて大きいので、店員の中には給料がそれほど良くなくても高級なお店顔負けの『愛想や手際の良さ・コミュニケーションの機転や感情面への配慮・個人としての尊重(顔や名前を覚えてくれて手厚く接遇する)』までしてくれる人もいるかもしれない。
だが、そんなやる気のある特別な人材を『すべての店員の平均ライン』に置くことそのものが間違いであり、そういった人がいるとしたらたまたま運が良かったか、『お客である自分の側が相手(店員)の善意・意欲を引き出す好ましい対応や感謝』が無意識的にできていたかということになるだろう。
あからさまにやる気も笑顔もなくて、身内の雑談や勝手な休憩ばかりしており、客がやってくると迷惑そうな表情・態度を示し、商品知識が皆無で自分の仕事に何の愛着もなく、レジの会計や商品の袋詰め・梱包にミスが目立ち、どんなにお客に迷惑・不快を与えても気遣いや謝罪もなくといった『誰が見てもどこを取ってもダメな店員』もいるかもしれないが(最近のお店でそこまでダメダメなお店はレアだが、店のジャンルによっては余り笑顔や活気がないお店も多くあるだろう)……そういった店は『よほど立地・商品・常連に恵まれていなければ遠からず潰れる店(店の経営者・店長の人材の選び方や育て方が根本から間違っている店)』ということで、(一度くらいは店長・マネージャーなどに店員の対応について改善要請を言ってみてもいいが)次から行かずに放っておくしかないかもしれないw