佐野研二郎氏の東京五輪エンブレムの模倣疑惑:『コネ・著作権』の絡むデザイン・芸術・創作の仕事の特殊性

佐野研二郎氏の東京五輪エンブレムの模倣疑惑は、『デザインの模倣事例の続出』で問題が拡大しているが、この問題は表面的には『一人のデザイナーの倫理観・アイデア・著作権違反の問題』だが、根本にあるのは『閉鎖的なデザイナーの世界の選考・評価の曖昧さ』と『実力・コネの不可分性(非実力主義の要素)』だろう。

膨大無数のデザインやアイデアがウェブに溢れるウェブ社会で『著作権法の形骸化(オリジナル性の多数化・編集化)』が起こっていて、音楽を筆頭にかつての著作権ビジネスが斜陽期に入った影響もあるが、この五輪エンブレムは『巨大な国策による東京五輪利権の末端』で発生した杜撰な仕事のやり方の問題である。

東京五輪エンブレム審査委員会は、電通に次ぐ広告代理店・博報堂の人脈が関係していたとされる。佐野研二郎氏が大手案件を獲得してきた背景には、博報堂のキャリア・人脈と親族のプッシュも影響しているが、逆にそういったメディア・広告・大企業の人脈に食い込まないと、意匠のデザイン一本で生計を立てるのは至難である。

デザインや芸術の世界は、センス・実力・才覚があれば公正な競争を通して評価される単純なものではなく、どのデザインや絵が優れているかを客観的に評価することが出版部数のある漫画等より難しい。『業界・権威的有力者のお墨付き』と『大組織の利権・人間関係でのポスト』を得るとやっつけ仕事や丸投げになりやすい。

印象的なデザインや斬新なイメージのロゴの需要は非常に大きなものがあるが、デザインやロゴの意匠のバリエーションは既に出尽くしたといっても過言ではないので、『今あるもののアレンジメント』になりやすい側面はある。大企業のロゴになると、一件で数百万以上も珍しくないが、市場原理よりも著名者の権威で価格が動く。

本来、自分の発想で生み出したというオリジナリティーを証明する著作権法が名誉・評価の生命線となるデザイナーや芸術家、作家などのクリエイティブな職業の人ほど、既存の作品をレファーして編集したとしても『著作権法に違反していないか(その疑惑を受けないか)の最終チェック』を入念に行うべきで、それも仕事の一環。

佐野研二郎氏の事務所はサントリーのトートバッグキャンペーンのデザインについて、一部ウェブにあったデザインをスタッフが流用したとして謝罪したが、この案件は『本人がする必要の薄い単価の低い仕事』と見なされていたかもしれない。必死にデザインを練ったり営業しなくても仕事が来る状況が、仕事への意識を低めたか。

その意味では、自分自身が創作したというオリジナリティーに値段・名誉がつけられるクリエイティブ職ほど、『職人的な仕事へのプライド・メンタリティ』が問われるわけで、『商売人的な低コスト創作の多売戦略』がちらついた時には、デザイナーや芸術家としての最盛期を過ぎた・仕事の熱が冷めたといえるのかもしれない。

デザイナーにせよ芸術家にせよ、『人を使って楽に仕事をこなしたい』という経営者的な目線が強まってきた時には引退を考えるべきなのかもしれない。職人的な仕事姿勢の維持において驚嘆すべき人物として漫画家の宮崎駿がいるが、宮崎氏の仕事の情熱の凄さはあれだけ売れて儲けても『自分の手で丁寧に描く事』に固執した点。

他人の手を借りずに自分の手で生み出したいという『当事者性・創作意欲』というのは、売れれば売れるほどに落ちてきやすい。生半可の創作家では一回でも超絶的な大ヒットが出て、それ以上働かなくて良いだけの収入を得ると、その後にかつてほど仕事に熱量を注げなくなってフェードアウトしていったりもするが…。

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