『認知症』ではなくても、高齢になると程度の差はあっても『認知機能の低下』が起こる。運転技能の基礎には『目・耳・肌の知覚+前頭葉の判断力・思考力=認知』があり、運転技能と認知は密接不可分である。
日本の生活環境・高齢者のみの世帯・買い物や通院の事情を考えれば、地方の過疎地ほど『車のない生活』は成り立ちにくいが、できるだけ『病院や店舗への送迎サービス・移動販売車・通信販売(ネット販売)等の増加』によって、身体・認知の衰えた人が『免許証を返納しても生活に困らない環境』を整えていくべきなのだろう。
車の運転の特徴として、自分が誰かさえ分からなくなった(宣言的記憶が完全に障害された)重症認知症者でも、運転に必要な筋力・関節の稼動域など運動機能が維持されていれば、外見上は普通に運転できるという事である。
運転は意識しなくても身体が覚え込んでいる『手続き記憶』に従って、無意識的に行われ得るからだが、高齢者の認知症検査が義務付けられる以前は、相当に進行した認知症の老人が普通に運転していたりもして、それはそれでおおらかというかいい加減な時代だったのだろう。
親族の高齢者が認知症であることを知りながら、運転することを容認していた場合、人身事故を起こしてしまうと、家族の連帯責任が問われることもある。
身内が止めなければならないのだが、認知症の頑固な高齢者は簡単には免許証を返納してくれないので(特に症状の程度が軽ければ自分はまだ運転できると言い張って聞かないことが多いので)、上手く説得・交渉をして自分と他者の安全のために『運転を諦める意思・覚悟』を何とかして持ってもらうことが必要だと思う。
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