人口ゼロ、人類が滅亡した後の世界はどうなるのかのシミュレーション・ドキュメンタリー。科学的根拠に基づく人間の技術(人工物)と自然(風化・他種繁殖)とのせめぎ合いが、どのような『人がいなくなった後の世界』を作っていくのか、超長期的な視点での予想がなかなか面白かった。
人類は自らが存在した痕跡と遺伝子情報を残すため、博物館のアクリルケース内で最適環境(温度・湿度)に調整したミイラ、死後の人体の冷凍保存、生殖細胞(精子・卵子・受精卵)の冷凍保存、周回軌道上の宇宙ステーションにおけるDNAデータ保存を行っている。現代の電気文明社会がメンテナンスされる限り、それらは半永久的に残るものとされているが……。
現代の文明社会の保存技術の根幹は『電気』『密封』『液体窒素(微生物が生存できない超低温)』であるが、いずれも数百年程度の自動的な保存も不可能な脆弱な技術や物質に過ぎない。いったん人口0人に到達してしまうと、マンパワーを介した保守管理や調整作業を行うことが不可能になる。
人が管理しなくなって荒れ放題となり燃料も枯渇した発電所からの電力供給は1年も持たずに途絶えてしまう。液体窒素もどんなに密閉していても緩やかに気化して内部温度は上昇していくため、人類の生体の形そのものや遺伝子情報を残すことはほぼ不可能になるという。
人間の手が加わらない自然界の生命力とモノ(人の制作物)に対する破壊力は非常に強力だ。数十年程度のスパンでも現在の文明社会の建築物・道路や水道のインフラ・乗り物等の遺物は風化・崩壊が進んでいき、亜熱帯気候や温暖湿潤気候の国の都市・町村は無数の植物と昆虫類が群生するジャングルのような状態になっていく。風・雨・雷・雪・波・地震・台風・火事に摩耗された文明社会を実現していた都市設備は、動物に荒らされ旺盛に繁茂する植物で覆い尽くされて遠からず朽ち果てていく。
鉄筋コンクリート造りの高層ビルも、外壁のメンテナンスや損傷箇所の補強がなければ、100年も持たずに倒壊すると予測される。道路や建物にわずかなひび割れができればそこに植物の種子が入る、(草抜きも除草剤もなければ繁茂する一方で)植物が根を張ればアスファルトやモルタルなどは短期間で崩される。インテリジェンスビルの鏡面強化ガラスが割れれば、多くの鳥獣が侵入してきて住み着き、経年的な風化は100~200年で鋼鉄の骨組み以外の物質を剥がし落としていく。
人が手を加えて守らなければ、人為的な構築物や製造物は約数千万年~1億年のオーダーで跡形もなく消え去るというか、膨大な土・砂の堆積物や地形の変化によってかなり分厚い地層の下に埋もれて表層から確認することができなくなる。
1億年以上先、そこにかつて大脳皮質を進化させた人間やさまざまなハイテクのモノに溢れた高度な文明社会が存在していたことを、別の知的生命体が確認するとすれば地層の深い部分に埋もれた化石か残骸しかない。ヒトのDNA情報を保存しようとしている現代のあらゆる科学技術の努力は恐らく及ばない、人間の生体の血・肉・デジタルデータは全て消滅し、わずかに歯や骨が残されているだけである。
熱は必ず冷めていく(秩序は必然に崩壊して乱雑になっていく)という熱力学のエントロピー増大則に部分的に抵抗してモノの段階的な崩壊・腐食を防ぐことができるのは現状『生命活動(代謝・生殖)・目的的な仕事(新品の制作・既存品のメンテナンス)』だけだからである。
現代の人間は自然は美して壮大で素晴らしいとして、自然環境や野生動物の保護に熱心になっているが、人為の加わらない自然は『人間にとって都合の良い特性』をまったく持っていない。
『自然』はひたすらに出来上がった人工的なモノや残そうとしている情報をボロボロにして腐食・風化・摩滅させていき、自然の動植物は人間の存在痕跡を消す働きしかしない、当然人工物を意識的に保存しようとする仕事ができる動物など(わずかに人工知能・ロボットによる目的的な保存の仕事の可能性はある)は存在しない。
生命活動が停止した死体は腐敗して消え、モノは崩壊して消えるという諸行無常の理(誰も維持保存の仕事をしない環境下でのエントロピー増大の一方向性)は強力だが、人間が存在していれば仕事と生殖によってある程度は抵抗できる。だが、人口がいったんゼロになってしまうと動植物・細菌の生命活動以外の秩序形成はほぼなくなるので、人類の存在していた痕跡は失われていくばかりである。
このドキュメンタリードラマはアメリカを舞台にしているので、ボストンの無数のワイヤーで補強されている巨大なバンカーヒルブリッジが約100年で自然の風化に耐え切れずに崩壊していく様子を、人工的な巨大建築物の耐久年数の限界例として示す。大都市部のインテリジェンスビルが骨組みだけで立ち続けられる限界を約100~300年としている。
約100年で東京ドームのような巨大競技施設も、天井を支える構造物の劣化と動植物の侵入による自然環境化によって崩落してしまい、歴史的な木造建築の多くもそれより短い期間で崩壊する。人間が一人もいないことの建築物に与える破壊力は、大地震や大津波を遥かに圧倒するもので、何もしなくても自然のモノに対する摩耗力は『メンテナンスのない建物・都市』を数十年単位でボロボロの廃墟にしてしまう。
日本の長崎県の世界遺産・端島(軍艦島)の無人化による廃墟化の事例も取り上げられる。南極大陸にあるスコットとシャクルントンが探索基地として使っていた小屋は、現在は平均気温マイナス19度でほとんどの微生物の侵入をシャットアウトしているため、この気温が維持されれば数百年程度は痕跡を止められる可能性があるが、地球温暖化が進行すれば木造の小屋はほんの数十年で崩壊する。18世紀半ば、英軍の侵入をランタンを照らして監視・警戒し続けた、アメリカ独立戦争の記念碑である木造のオールドノース教会も、メンテナンスなしでは100年持たずに崩れ去るという
高度350キロの国際宇宙ステーションの記憶装置(リモート・ドライブ)は、選ばれた人間のDNA情報をデジタル化して保存している『人体の遺伝子情報の最後の砦』と目されるが、たった3年後に、地上からの電波信号による軌道修正ができなくなって現在の軌道周回を保てなくなるという。1年間に数キロずつ高度を落として、その数年後には加速度を上げて大気圏に再突入して燃え尽きてしまい、当然デジタル化されたDNA情報も消えてしまう。
このドキュメンタリーは『人間がいなくなった世界の自然の働き』が、人類やその製造物を数百年のスパンであらかた消し去ってしまう猛威を描き、『今存在している生体・モノ・文化・知識の情報』を、人類絶滅後の世界でありのままの形で残すことの技術的困難性を指摘している。
人間以上の知性・技術を持つ地球外生命体が存在して地球に来訪できるとしても、人類絶滅後、1億年程度が経過すると地上に見える人類の痕跡はピラミッドのような巨大で素朴な石・土の高さのある建造物の先端だけである可能性が高いという。
むしろ現代の高度建築技術を象徴する大都市の超高層ビルや巨大スタジアムのほうが数百年で完全倒壊して、バラバラになった壁のコンクリやガラスの欠片、腐食した金属でしか往時の様子を想像できなくなっているというのは、生態系と知性・理性の頂点にあると自惚れている人間の自然・時間経過に対する意外な脆さの露呈でもあるのだろう。
まぁ、人間が自然環境を破壊して野生動物を絶滅させている云々といっても、超長期的な地質学的な年代で見れば、常にエントロピーを増大させるか環境適応の生物種が繁殖するかしていて意思も感覚も目的もない『自然』が、何かを作って何かを残して快的な感覚を得ようとする『人為』に壊されてボロボロになって修復不能になるなどということは有り得ず、『人にとって意味・価値のある自然(人が守ろうとしている自然・動物・植物)』というのは自然の働きの解釈された小さな一面(自然に対する人間原理の抗い)に過ぎない。