ジャイナ教のマハーヴィーラと物質化された『業(カルマ)』:世界初の無私有者を目指した全裸の変人・修行者

釈迦を始祖とする『原始仏教』の思想に影響を与えたものとしては、バラモン教とその原点にあるウパニシャッド哲学が有名だが、同時代人とされるマハーヴィーラ(ニガンタ・ナータプッタ)の『ジャイナ教』の生命尊重と難行苦行の世界観も釈迦に少なからぬ影響を与えたとされる。

ジャイナ教の概念の独自性として『業(カルマ)』の物質化(素粒子化)があり、業(カルマ)というと一般的には『行為の目に見えない善悪の積み重ねとしての現世での宿命・過去の行為がはねかえってくる因果応報の原則』として解釈されるのだが、ジャイナ教は業(カルマ)を霊魂に付着する物理的な微細物質として定義した。

善なる行為や苦行の実践によって、素粒子のような微細物質である業(カルマ)を軽減することができるというジャイナ教は、仏教のような目に見えない過去世の行為(カルマ)の積み重ねによって、『現世の宿命』が決定されてしまうという世界観よりも、本人の努力や意志がある程度まで通じ得るという点において倫理的ではある。

紀元前に発生したジャイナ教の宇宙観・物質感は当時のレベルからすればかなり物理学的なものであったが、その宗教性・修行性においては人間の幸不幸と直結したものとはいえずやはりオカルト的である。

マハーヴィーラは、宇宙を物質世界の『ローガ(世界)』と非物質世界の『アローガ(非世界)』に分けて、ローガは『ダルマ(運動力)・アダルマ(静止力)・アガーサ(虚空力)・ポッガラ(物質力)・ジヴァ(霊魂力)』の物理的・精神的な条件によって成り立っていると考えた。

物質を構成するポッガラはアトム(原子)の下降性を特徴として持ち、霊魂を構成するジヴァはイデア(理念)の上昇性を特徴として持つという二元論は、天国と地獄、精神と物質、理想と現実の日常用語的な対概念として受け止められるものでもある。

輪廻の基体とは、ジヴァ(霊魂)にポッガラ(素粒子)が付着したものであり、この付着した状態・モノが『業(カルマ)』と解釈される。ジャイナ教徒の行う生きるか死ぬかの苦行は、仏教の釈迦において否定されることになるのだが、ジャイナ教の苦行(タパス)というのは身体に残された業(カルマ)物質であるポッガラをできるだけ多く払拭するためであった。

釈迦は悟りによってニルヴァーナ(涅槃)に到達したとされるが、マハーヴィーラは苦行による業の物質の完全除去によってニルヴァーナ(涅槃)に到達できると主張したとされる。

マハーヴィーラを始祖とするジャイナ教の禁欲的な苦行派として衣服を一切まとわずに肉体の苦痛・不快と色欲に耐える『裸行派』というものがあり、マハーヴィラ自身も親の死後に10年以上にわたって素っ裸で苦痛と欲望に耐えて過ごしたという相当な変人変態であるが、仏教の禁欲概念としてある何も私有・保有しない『無一物』をストレートに実践した仏教以前の人物でもあった。

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