ヨゼフ・シュンペーターの『経済発展の理論』とイノベーション

経済活動や社会生活、インターネット(IT)の分野で、『イノベーション(innovation)』という言葉が頻繁に使われだして10年以上の歳月が流れたが、現在でも企業や技術者、研究者はイノベーションを巡って鎬を削る競争を繰り返し続ける。

イノベーションという概念を提起したのは、オーストリア出身のヨゼフ・シュンペーターという経済学者で、J.シュンペーターは『経済発展の理論(1912年)』において経済成長の主要原因がイノベーションなのだと定義した。

シュンペーターのいうイノベーションは『技術革新』という風に一義的に翻訳できるものではなく、以下の5つの類型にまたがる『既存の知識・技術・組織の組み合わせの変化による新結合・便益増加・新たな生活文化様式』のすべてを包摂するものだった。

1.消費者にまだ知られていなかった新しい財貨(商品・サービス)の生産と提供。

2.効率的・科学的な競争力のある新しい生産方法の導入。

3.新しい販売先・顧客層の開拓。

4.新しい原料や組立の仕入れ先(委託先)の獲得。

5.新しい機能的な組織の創設(組織の硬直性・官僚主義・守備性の打破による突出)。

イノベーションは新しい技術や新たなアイデアといったものに限定されるものではなく、『既存の方法・材料・組織の組み合わせを変えること』によって、今までにはない物質的・精神的な好ましい変化や便益、生活のあり方が引き起こされることなのである。

イノベーションは沈滞・安定して一つのスタティックな状態に止まろうとしている経済状態・精神状態をガラガラとかき回し、新たな均衡点を探るための新たな運動・混乱・競争を引き起こす。それは人間社会が定常経済の停滞・鬱屈(先細り)に陥らないために、必要不可欠な攪拌(混乱)なのだとシュンペーターは語る。

シュンペーターは経済を運動する生物のように捉えて、イノベーションが全く起こらなければ市場経済は『定常経済の均衡状態』すなわち『経済の熱量的な冷え込み』に近づくと考えた。経済は完全に均衡(安定)してしまうと、企業者の利潤はゼロ、利子もゼロとなって誰も積極的な経済活動にコミットしなくなると予測する。

人間の経済社会と生産的なアクティビティを維持するためには『創造的破壊の新陳代謝(強い勢力と弱い勢力が掻き回されて入れ替わるプロセス)』が必要であり、今あるものや力関係が長期的に維持され続けると、経済・人心(意欲)は停滞して政治・権力は腐敗するという運命を逃れることはできない。

イノベーティブな新陳代謝がなくなれば封建主義的な身分制社会(権力による格差固定の状態)や物資・労働意欲(発想)が絶えず欠乏する貧困社会に転落していく恐れがあるが、現在起こっているもう一つの問題は『イノベーションによる効率化・合理化による労働力需要の減少(少ない人で回せる企業・利益モデルの増大)』である。

イノベーションの本質は、『人間の欲望・意欲・向上心・知識欲』などを引き出し続けるような社会環境を絶えずダイナミックに生み出し続けることにあるが、そのイノベーションのスピードや変化、人的需要についていけない人たちの数が増えすぎた時の処方箋は定かではなく、『イノベーションによる合理化・効率化によって減っていく個別の需要や能力発揮の場面』をどのように埋め合わせていくかが、それぞれの個人と社会全体にとっての次世代の課題でもあるだろう。