2013年は参院選挙に自民党が勝利したことで“衆参のねじれ”が解消して、『自民党の一強多弱の政党政治』の路線が確立し、アベノミクスの異次元の金融緩和と公共投資が行われた。安倍政権は市場に大量のマネタリーベースを供給することで企業活動を支援して、政権初期のスタートダッシュを掛け、株価を急騰させる成果を上げたが、円安に大きく触れた反動で『食品・原油・電気ガス』のコストも上がる傾向にある。
安倍政権が今年の経済政策の課題として上げるのは、『企業の景気回復の実感が労働者にも及ぶようにすること』と『8%への消費税増税によって景気が腰折れしないこと』である。
だが、企業規模の大小や企業業績の格差、旧国営企業の好調、軽減税率導入の先延ばしなどを考えると、『アベノミクス効果の給与への還元・消費増税後の景気実感』にはかなりの格差が開くことになりそうな雲行きである。
雇用法制についても、『労働者派遣法の規制緩和+ホワイトカラー・エグゼンプション(管理職と見なされる労働者の労働時間規制の撤廃)の導入』が検討されているが、これらの雇用改革は一般労働者のメリットというよりも経営者のコスト削減に貢献するものである。
すべての職種で有期の派遣労働を可能にして雇い止めの違法性を無くす派遣法の規制緩和は、確かに『労働市場の流動性の上昇+労働者採用の実力主義の競争』というメリットも生まれる可能性はあるが、現状の日本の雇用制度はそういった市場的な競合性を公正に判断する指標そのものを持っておらず(そもそも既存の正社員を任意に解雇した上で別のより有能な労働者と入れ替えることは現状では労基法に反する違法行為である)、画餅に過ぎないようにも思える。
管理職・専門職相当の労働者に裁量労働を認める代わりに、『週40時間の労働規制・それ以上の労働への割増の残業代支払い義務』を撤廃するホワイトカラー・エグゼンプションについては、残業代を支払わずに長時間労働をさせることが可能になる企業・経営者だけに有利な制度だという反対が根強くある。
自分で自分の仕事の内容・労働時間を自律的にデザインしながら、自分の裁量と判断で自由に目的意識を持って働く(受動的に与えられた作業をするだけの労働者ではないので会社側の指定する労働時間に拘束されない)といえば聞こえは良いが、現実の労働現場では雇用している管理職・専門職にそこまでの最良権限を与えるはずもない。
出社時間を遅らせれば深夜遅くまで残って仕事をしなければならない、ノルマをこなして結果を出すまでは簡単には帰社できない、在宅でも厳しく成果が判定されて丸一日仕事をしなければ合格ラインに達せられないなど『長時間労働の時間帯のズレ』があるだけという問題もある。そういった過酷な仕事状況の残業部分について、今まで法律で決められていた割増賃金の残業代を支払わなくて良くなるというのは、企業と投資家、株式市場にとってはウェルカムな制度改革ではある。
地方の雇用と収入の最低ラインを確保するために、『防災・減災を目的とするはずの国土強靭化法』に基づく巨額の長期公共投資の計画が流用されている財政問題もある。安倍政権の経済政策の問題点は『長期的な財政再建の見通し』を後回しにして、現時点の経済成長と企業の景気が良くなれば、財政も自律的に回復してくれるはずという楽観的な見通しの下に(税収約40兆円に対して)“100兆円規模の予算”を組んでいることだ。
社会保障に加えて公共事業の財政負担も加わるが、現時点の日本経済ではどんなに好況に湧いても約50兆円が税収の限界であり(ここ20年はそのラインに到達したこともないが)、100兆円規模の一般会計予算を毎年のように立てられる力を持っていないという制約条件にどのように応えていくかが政権運営の鍵になる。
国土強靭化は『防災・減災』だけではなく『経済成長戦略・投資拡大の一貫』であり、国土強靭化基本法では『国民の国土強靭化への協力の努力』まで説かれているのだが、このハード主体の公共事業は10年間で総額200兆円の規模とされており、その実現可能性は時々の慎重な財政判断に依拠すべきである。
現時点で何が何でも国民に納税で協力させて最後まで強靭化を断行しようとするのは、漁業者と営農者が争う諫早湾の干拓事業や地域社会を分断した八ッ場ダムのような問題の再燃を引き起こす恐れもある。非常に大きなお金が動く長期事業計画は、利権に頼る事業者とその計画ありきで人生設計を始める地域社会の人々たちの期待を否が応にも煽るので、いったん確約すれば途中で財政状況や必要性の再判断でやめることは難しくなってしまう。
外交・安全保障の分野については、安倍首相は成分憲法の改正にはやや消極的となり、96条の先行改憲にも言及しなくなっているが、内閣法制局長官の小松長官の人事をテコにして、解釈改憲の拡大によって集団的自衛権の行使ができるようにすることを優先するとも言われている。
靖国神社参拝後に中国が静観していることや日中の経済の相互依存を考えると、首相の訴える『積極的平和主義』の中身を日米同盟だけに完全にシフトして東アジアを軽視したり敵視したりすることは偏りすぎの観があるが、安倍首相の靖国参拝については中国の反応よりもむしろ、欧米諸国のみならず親日と見られていたASEANやインドからも『歴史に学ぶ姿勢の必要』を指摘されたこと(全面的な理解・共感・容認の反応は得られなかったこと)のほうが日本にとって痛かったかもしれない。
積極的平和主義や武器輸出三原則の緩和については、特定の外国との同盟関係や仮想敵の設定に依拠せず、国連中心主義や外国人を殺傷しないミッションにおける国際貢献に限定した形で積極的に世界平和に関与していくというのであれば、未来の日本国のポジションを明確に示すという意味があるように思う。
だが、現状では武力に対して武力でパワーバランスを図る、あるいは仮想敵国である北朝鮮の敵基地攻撃能力を保有して抑止力とする、集団的自衛権行使とその先にある平和憲法改正の路線で日米同盟を更に強化するなどが、『積極的平和主義の具体化された内容』となっている。
政権が『消極的平和主義・敗戦のトラウマがある戦後レジーム』と呼んで軽んじる戦後日本の今までの立憲主義体制よりも、『日米同盟強化(日本の負担増)・仮想敵国設定・軍事力強化(米国製の高価な最新兵器の輸入増)』を前提とした積極的平和主義のほうが、自国の安全・独立及び世界平和と国際貢献に役立つと言えるのかどうか個人的には疑問ではあるが。