『アラブの春』を寒風に変えたシリア内戦の泥沼2:アメリカ主導の中東民主化の機能不全と大国の中東政策の自己矛盾

シリアは前近代的な家産的官僚制に支えられた王政(アサド一族の王権)であるから、王政を転覆しようとする反体制運動を暴力で鎮圧することに躊躇がないし、アサド政権に味方する軍・治安部隊も『国民の保護者・奉仕者としての意識』をそもそも持っておらず、『アサド家の軍隊としての意識(前近代的な専制君主やその体制に忠誠を誓った軍隊のような意識)』のほうが強いだろう。

『アラブの春』を寒風に変えたシリア内戦の泥沼1:アラブの春の総体的な挫折とシリアの国民アイデンティティの分断・拡散

国民を守るための軍隊なのではなく、アサド家の王政的な体制を守ための軍隊としてしか機能していないことからも明らかであるが、アサド大統領の独裁体制が長らく国際的にも承認されてきた理由の一つは、『シリア・ムスリム同胞団の防波堤(イスラム原理主義勢力の抑圧体制)』としてアサド体制が機能していたからであった。

中東の国々が民主化して世俗主義(ある意味では親米・国際協調路線)の独裁者を追放すれば、大衆が素朴に信仰しているイスラームの影響はどうしても強くなり、正当な選挙を行えば『ムスリム同胞団の宗教政党』が勝って、次第に政教一致体制・反資本主義(反グローバル化)の宗教国家の趣きが強まっていく。

イスラームの宗教指導者ホメイニ師を、不動の最高権力者にまで押し上げた『イラン革命』がそうであるように、中東・北アフリカのムスリム圏には『近代的な個人(政教分離原則の前提)』がそもそもないのだから、自由化・民主化して普通選挙が行われても『近代国家としての価値観・個人(人権)の尊厳原理・男女平等』が自然に生成してくるわけではない。

むしろ伝統的なイスラームの教義・慣習規範・男女の役割をもっと厳格に守らなければならない(欧米的な無責任な自由主義の蔓延で伝統的な秩序が乱されて壊されている)という『反自由主義化・復古主義化の動き』が強まる可能性のほうが高い特殊事情があり、民主主義の結果を尊重すればするほど欧米的な近代国家・政教分離・個人尊重のテンプレートからは外れて、東西のイデオロギー対立(価値観の溝の深さ)が強まる危険もある。

アメリカが中東・北アフリカの独裁政権を放置し続けた理由は『親米』であることもあったが、『大衆のイスラム主義を調整する圧力弁』として世俗派の独裁政権のほうが対話しやすい相手でもあったからであり、宗教原理主義(部族主義)の曲げられない信念ではなく経済的な利害関係(ギブ&テイク)に基づくパレスチナ問題を睨んだ外交がしやすかったからである。

シリア政権は確かに、人権・人命を蹂躙する非人道的な家産官僚制に支えられた独裁政権ではあるが、アサド政権の転覆を目指している『自由シリア軍やシリア国民連合・クルド人武装勢力・アルカイーダ系の義勇軍』にしても、自由民主主義的・世俗主義的で穏当かつ平和的な価値観にコミットしている勢力ではない。日本と基本的価値観を共有するアメリカやEU、サウジアラビア、トルコなどの軍事支援を受けてはいるが、どちらかといえば反世俗主義の宗教原理主義的な勢力であり、これらの勢力が統治する政権がアサド政権よりマシになる保障も何らない難しさがある。

人道危機を離脱する停戦と交渉が最優先課題であるが、アメリカ・EUが『反世俗主義の独立勢力(反体制派)』を支援し、ロシア・中国が『世俗主義のアサド体制』を支援しているという構造にしても、それぞれの陣営の政治的利害にまつわる敵・味方であって、実際には『支援している勢力との価値観の共有・納得』がない場当たり的なものである。

アメリカは反体制の武装勢力を支援しているが、その武装勢力に含まれるアルカイーダ系のテロリスト(ヌスラ戦線はじめ復古的なイスラームのサラフィー主義者)も同時に支援せざるを得ない自己矛盾に陥っており、『反体制派が反米・反イスラエルに転換するリスク』を自ら高めてもいる。アメリカの自己矛盾は国際的なグローバルスタンダードとして喧伝してきた『民主主義政治の正統性』によって生じており、『民主化した国家が反米・反自由主義的(宗教政治的)な意思決定をした場合』にそれを強く否定することが難しいということにある。

アサド政権は元々は親米だったが、反民主主義で国民を武力で虐殺したからアメリカはもうアサド政権を支持することはできなくなった、だがアサド政権を転覆させることを望む自由シリア軍にせよシリア国民連合にせよ、『世俗主義・自由主義の政教分離を前提とする親米政権』を作るつもりなど毛頭ないのだ。

親米・親イスラエルの国際協調路線を歩んでいたはずのイランが、1979年のホメイニ師が理論的指導者として率いた『イラン革命』(大衆の鬱屈した反米感情・イスラーム信仰の扇動と王政打倒)で一夜にして反米国家に転じたような悪夢が再現しないとは限らない情勢下にある。

将来のアメリカの敵になる可能性が高いと見られる勢力を、敢えて支援せざるを得ない構造に追い込まれたのは、『イラン・イラク戦争』の状況でイラク(フセイン政権)を支援して強大化させたアメリカの姿を思い出させるが、この事は平和(停戦)を求めながら戦争(武器支援)も同時に行うという『大国の自己矛盾(二枚舌三枚舌の中東干渉政策)』の弊害の現れだろう。

アメリカ・EUとロシア・中国にとってのクリティカルなシリア問題における対立点は、『アサド大統領の処遇をどうするのか・現体制を維持するのか壊して立て直すのか』ということであり、中東問題と歴史的経緯、国際社会の利害(代理戦争)が交錯することで、シリア問題はシリア国民が自力で解決できない状況にはまり込んでしまった。

これ以上のシリアの一般市民の犠牲者を出さないために、即時の停戦と交渉が最優先されるべきだが、そのためには表面的な平和を追求する顔をしながら、アメリカ・EUとロシア・中国が水面下で『武器供与・武装勢力支援』をし合う代理戦争的な行為を抑制しなければならない。独裁者の継続も軍政への移管もイスラームという宗教の支配もない民主化というのは、現状の中東・北アフリカの国々にとっては未だに遠いものだが、暴力の殺し合いによる問題解決を図っても『反撃・復讐の連鎖(外国勢力の不誠実な干渉)』には終わりがない。