安倍政権が所得税の税制改革で、課税単位を『個人』から『世帯(夫婦+働いている子など)』に転換したり、『子の扶養控除の積み増し』を検討しているという。女性の社会進出や就労率の向上が目的とされているが、累進課税制の所得税では『夫婦の所得合算に対する課税』は個人で納税する時の税率よりも税率が上がり、『実質の増税』になる可能性が高い。
195万円以下の所得に対する所得税は5%であり、個人単位なら課税所得が180万円同士の夫婦なら各自5%の所得税(合計18万円)だけで済むが、世帯単位で合算するなら年収360万となり20%の税率が適用されること(72万‐控除の427500=合計292500円)にまで増税されてしまう恐れがある。
また、従来は主婦や学生が単発のアルバイト(お小遣い稼ぎ)を繰り返しても年収38万円以下なら申告義務がなく無税であるが、世帯単位になると38万円以下(給与所得者の20万円以下)の小さな収入でも合算されて課税され税率が上がる可能性も出てくる。夫が年収400万だとしたら、世帯収入が438万とみなされるかどうかは分からないが(納税義務が生じる最低所得金額は個別に38万円で据え置かれる可能性もある)。
しかし、高所得者同士の夫婦だったら世帯単位で課税されると、個人単位よりも100万円以上の所得税の増税になる可能性もでてくることから、『世帯単位課税』というのは晩婚化・非婚化・事実婚・同居(ルームシェア)など『世帯単位の課税を免れられる選択』を助長して、余計に出生率を低下させたり結婚制度を形骸化していくだけのような気もするが。
二人の所得を合わせれば増税となり、一人ごとの別家計で生活しているなら減税というのであれば、経済的側面に限れば子供を多く作る予定のない人にとって、結婚制度を利用するメリットは相当に低くなる。実際には生活を支援してくれる彼氏(事実婚の夫に近い相手)がいるのに、シングルマザーの生活形式を維持することで生活保護を受給することなどが時に問題視されるが、『世帯単位の課税』ではそういった『見かけ上・制度上の別世帯化=減税策』になりやすい。
子供が沢山いれば扶養控除を上積みするので、世帯単位でも子供を産めば産むほど減税や給付の恩恵を受けられますよという制度設計なのかもしれないが、『単純な子沢山推奨(子供がいない夫婦は増税・しかし結婚していない別家計の同居人なら増税されない)』というのは、女性の社会進出や社会のリーダー層に占める女性比率の上昇という安倍政権の政策目標と矛盾するのではないだろうか。
サラリーマンの夫に専業主婦(年収103~130万円未満のパートの妻)と子供二人という昭和期の『標準世帯モデル(稼ぎ手の夫が専業主婦を扶養して社会保険を肩代わりすることで、女性の就労率や託児率を抑えてきたモデル)』を切り崩したいという政府の意図が透ける。
だが、『国民年金の3号被保険者制度(収入の少ない妻の国民年金保険料免除)』が導入されたのは1986年であり、これは『男女雇用機会均等法』の基本理念を骨抜きにして『伝統的な近代家族とジェンダー』を維持するための保守的な専業主婦優遇策でもあった。
間接的に、(働きすぎると損をしますよという制度設計によって)女性の社会進出や腰掛け・パート以上の職業意識を抑制する作用をもたらし、それは経済社会の指導的役割を男性だけが独占するという男権社会の構造を維持したのだが、日本における男女の本音ではこういった男権社会のジェンダー(保守的な性別役割分担)は今でも支持されやすかったりバックラッシュが起こっているので反発は起こりにくい。
配偶者扶養控除や社会保険料の免除は、家事育児・介護などのシャドウワークに間接的な給付金を配分する代わりに、家の仕事を女性の役割とみなすジェンダーを固める副作用を及ぼしたが、1990年代以降は『日本型安定雇用・中流社会の雇用基盤』が段階的に壊されていったため、そういった標準世帯モデルを制度的に支援しても、夫(父)となる男性の平均所得がそのモデルを支えられない水準に落ちてしまった。
戦後から1980年代くらいまでは中卒高卒の大手工場の現業職やスーパー・飲食店の正社員などでも一家を支えて子供を大学にいかせるくらいの所得水準と定昇(ベア)・年功の昇格があったのだが、1990年代以降ではそういった特別な学歴や才能、専門性のキャリアを有さない仕事の所得水準ががくんと落ち込んだり、そもそも300万円超の水準の年収を支払う正社員としての雇用が大幅に減った。
安倍晋三首相は昭和期の伝統的価値観や戦前の体制を評価する保守主義者だと言われるが、経済政策の側面だけを切り取れば規制緩和・グローバル化・大企業支援・雇用流動化の『新自由主義』の傾向が顕著であり、世帯単位の課税であるとか配偶者控除・保険料免除の見直しだとかいった税制改革は概ね、新保守主義と新自由主義のアマルガムであり(そのアマルガムには社会福祉や生活保護を家族や地域の無償の善意連帯に基づく相互扶助に置き換えようとする財政負担軽減策も含まれる)、大企業・大資本・財務省のメリットにはなれど、一般国民の家庭の幸福・出生率上昇や実質的減税(負担減)のメリットにはならないだろう。