映画『万能鑑定士Q モナ・リザの瞳』の感想

総合評価 76点/100点

原作である松岡圭祐の『万能鑑定士Qの事件簿(万能鑑定士Qの推理)』は、あらゆる分野・芸術・骨董の網羅的な知識(驚異的な記憶力)を持っている美人鑑定士の凛田莉子と角川書店の若手イケメン記者の小笠原悠斗が活躍するライトノベル風のミステリー小説。松岡圭祐はカウンセリングとSFチックなクライムサスペンス(政治・経済・宗教まで何でも絡む)を融合した『臨床心理士シリーズ』からちょこちょこ読んでいたが、キャラクターの造形とストーリーの拡張の仕方が上手い作家である。

万能鑑定士Qシリーズは、映像化を見越したようなミーハーな人物設計や本のカバーイラストとは裏腹に、ミステリー部分の謎解きや様々なジャンルに及ぶ『芸術品・流行・文学や映画・印刷技術(印刷物)・ファッション・フランス料理』などに関するトリビアは意外にしっかりしていて面白い。

著者の資料収集・リサーチの手間は相当なものだと思うが、ある意味では『自分が興味関心を覚えた分野・物事の細かな情報』を起点にしてミステリー化する才能に恵まれているのだろう。小説は一冊一冊全く異なる事件・テーマ・トリビアを扱っているので飽きが来ないが、ミステリーの謎解きや蘊蓄のネタは面白いけれど小粒なものが多いので、映像化に向いているかは微妙なところもある。

映画版の『万能鑑定士Q モナ・リザの瞳』は、ルーヴル美術館のアジア圏代理人・朝比奈(村上弘明)から鑑定能力を認められた凛田莉子(綾瀬はるか)が、『モナリザの真贋の鑑定』をするためにトレーニングを受けていく中で、その鑑定能力が低下して失われていくという話がメインになっている。

角川書店の記者・小笠原悠斗(松坂桃李)は、特定の周波数の音が聴こえなくなる『聴覚(音波の周波数)のマスキング効果』を悪用した窃盗事件のカラクリを見破った凛田莉子に興味を持ち、『万能鑑定士Q』を自称して個人事務所を営業している莉子の取材を始める。

小笠原は20代の莉子がどのようにして、あらゆるジャンルを網羅するような圧倒的な知識・判断力を身につけるに至ったのかを調べるうちに、彼女が沖縄県の波照間島出身で高校時代までは島でも有名な全く勉強ができないバカだった(知らないことがないような博識で超然としている現在の姿とは全く違っていた)という驚愕の事実に行き当たる。

ちなみに映画では、感情体験と情報・知識をリンクさせていく凛田莉子の『記憶術』の大まかな説明はあるが、莉子がどうやって鑑定士への道を歩み始めたのかという『最初の事件(都心に力士シールが貼りまくられる事件)・勉強法を教えてくれた人物との出会いと別れ』については触れていない。

映画では、小説における凛田莉子の『超然性・完全性・冷静沈着』のキャラクターはやや弱められており、感情的に怒ったり取り乱したり、自分の能力に対する自信を失ったりといった人間らしさが強調される場面も多い。莉子と小笠原との関係についても、映画では小笠原が一方的に莉子に好意を抱いて浮かれるお調子者になっており、莉子が小笠原を相手にしていない高嶺の花といった描き方になっているが、小説では概ね両思いの前提になっていて、真面目過ぎる二人の関係が進展しないといった感じである。

小説では、莉子のほうが新たに登場する女性と仲良くする小笠原にヤキモチを焼いたりの場面もあるが、映画版のライバル役の学芸員・流泉寺美沙(初音映莉子)は、莉子と親密な友人関係になりながらも、裏で『モナリザ窃盗(本物と偽物のすり替え)の計画』を立てている。

初音映莉子は昭和天皇とダグラス・マッカーサーとの邂逅を題材にした映画『終戦のエンペラー』にも出演していて雰囲気のある女優ではあるが、日本語の発音がネイティブではない感じの癖があるのが少し気になる、海外生活が長い人なのだろうか。

ハードな作品の真贋を見極める鑑定のトレーニングを受けて、パリのルーヴル美術館で行われた採用テストに合格した凛田莉子だったが、『モナリザの瞳に隠されたダ・ヴィンチの頭文字“LV”』の影響なのか(脳の後頭葉の機能を混乱させるという伝説の影響なのか)、その鑑定能力を次第に失っていった。

日本で開催される『モナリザ展』が厳重な警戒体制で行われる中、『贋作を憎悪するトラウマ』を持つ流泉寺美沙の手によって本物のモナリザが盗み出されようとしていた。だが、流泉寺美沙の芸術品に関する歴史認識の中では盗んでいるモナリザ(ルーヴル美術館が本物として展示し続けてきた作品)こそが『許せない偽物』であり、『贋作』を美術館から撤去して『真作』を改めて展示するために(人々を騙し続けてきたルーヴルの歴史を正しく修正するために)、大掛かりな窃盗・搬出の計画を立てていた……。

凛田莉子の『鑑定能力喪失のからくり』は単純な認知的トリックだが、作品に繰り返し登場する場面や強調される動作・言動には伏線があるもの。万能鑑定士シリーズの原作とは多少、話を変更しているが、この映画は俳優のキャスティングとモナリザの知名度、ルーヴル美術館の舞台に主眼が置かれている観があるが、本来この小説の面白さはインターネットとかファッションとかの『今風の話題・テーマ』もそれとなくキャッチアップしているところにあるように思う。