「人生哲学・自己啓発」カテゴリーアーカイブ

ヴァニラの美容整形と現代人の見た目への執着、仏教説話の「火宅」と煩悩、女らしさに意味はないのか?など

○トラウマや見返しのための「非現実的な美」の追求は暴走しやすい。「最大多数を虜にする美・可愛さ」は人工的・意識的に造る事が難しく、「自然=図らい消去」が特に難しい。 — ヴァニラ「ブスが生きづらい日本」で感じてきた違和感、“全身2億円整形”を語る (週刊女性PRIME – 08月24日 11:00) http://mixi.at/adiqKHR

「美・可愛さ」は必死に生存のための肉体労働に追い掛け回されなくなった現代人の精神的貴族趣味にとってかなり大きな欲望対象になっていることは確かだが、「遺伝・骨格・年齢の所与の条件(ある種の分)を越えた非現実的な美の追求」はあるラインで自己満足しなければ、病的執着で自らを破滅させる恐れもあるので怖い。

「美・可愛さ」をナチュラルな姿かたち・言動・装いで他者に見せられる人というのもある種の才能・時機であって、「大枠における美・可愛いの階層性」はあっても、普通前後から上の美・可愛いにおいては「飽き・慣れ・加齢も含めた多様性のバリエーション」になるので、我一人のみで違うタイプの美・可愛いは所持できない。

その意味では、明らかに一般人から突出した美や可愛さを持つ人であっても、「異なるタイプの美貌・可愛さ・年齢層との間の主観的競合」においては、必ず誰かの前にどこかの時点で見劣りする(常に後続からも追われる)。その意味で、普遍的な誰からも認められる美・可愛いを追求すれば、精神は落ち着く所がない。

美と可愛さにとりつかれて美容整形を繰り返すのは、「誰の前にあっても自分の魅力を承認させたいという普遍的魅力を内在させたい不可能性への抗い」であり、もはや「見た目云々に留まらない自己愛・承認欲・トラウマ的な報復心の肥大」である。ただ納得のラインは天与の分・運も踏まえていないと精神的に苦悩するだけ。

見た目の問題で悩む若年層は増加して、男性でさえ20年前と比べて美容整形を受ける人が約7倍になったと言われるが、「細かい見た目にこだわれるだけの豊かな時代」の副作用か。ただ「適度な自己満足+自分を好んでくれる人の愛情・承認」くらいが並の人間の分・限度であって、常にもっとの比較競争を続ければ心を病む。

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川崎市無差別殺傷事件における岩崎隆一容疑者の成育歴と殺害動機の推測、大坂なおみがアザレンカに逆転勝ち、原田龍二の不倫報道の雑感など

○川崎市無差別殺傷の岩崎隆一容疑者の動機の根本は大きく分ければ「子供時代に離婚した両親双方から預かりを拒否され、親戚宅で実子と差別待遇を受けたこと」と「PCもスマホも持たず現代社会から物理的だけでなく電子的にも徹底的に孤立してたこと」に行き着くか。家宅捜索では、情報端末を一台も所有していなかったらしいが。

岩崎容疑者本人に最終責任があり許されない犯罪だが、「思春期からの自己存在の徹底否定・親からの見捨てられ体験・友人も恋人もネットの知人もゼロ・従兄弟等との差別待遇・社会適応する能力と前提の欠如・PCやスマホの不所持(ネット未利用)・ひきこもり扱い」等を合せて考えると正常な精神を維持しづらい要因は多い。

そういった運命や境遇、巡り合わせも含め自己責任で、どんなに辛くて苦しくても他人に八つ当たりせずに自己対応するしかないシビアな社会的・対人的な現実は勿論あるが、「約50年にわたる徹底的孤立・愛情と承認と快の断絶(親から早くに捨てられ親戚からも厄介視され差別待遇される)」というのは特殊・悲惨ではある。

もっとシビアな境遇にも耐え、自らの人生を打ち立てた人はいるが、この岩崎容疑者にはその能力・意志・ストレス耐性・コミュ力が無かった。30代前半くらいまでは、未経験で多少不器用でも、周囲の人に恵まれれば親切に仕事を教えてくれる人もいるが、中高年期以降に未経験・無愛想・不器用・生意気だと行き場を失う。

先日の報道で同居していた伯父伯母とは一切口を聞かないようにルール設定した特異な生活を長く続けていて、同居親族といっても岩崎容疑者との直接の対話は皆無、介護に絡むひきこもり相談で「俺はひきこもりではない」の反論を受けただけのようだ。伯父伯母の親戚筋の子供にカリタス小学校に通っている子がいるという。

岩崎容疑者と伯父伯母の子(従兄弟)との間に、傍目からも分かる差別待遇があった話をしている人もいたが、岩崎容疑者は学歴は恐らく中卒と思われるが、それが学力不足・本人の希望によるのか、学費・家庭の事情によるのかは分からない。ただ一部報道では、伯父の子は名門私立とされるカリタス学園に通っていたようだ。

周辺に多く小中学校がある中で、なぜカリタス学園を狙ったのかの動機の一端として、冷遇・差別を感じていた伯父宅にて、その子か周辺の親戚の子がカリタス学園に進学していたことも間接的に関係があるのだろう。伯父伯母との仲も悪かったのだろうが、「拡大自殺・親戚への意趣返し・社会憎悪」の面から考えられる事件だろう。

川崎市殺傷事件の岩崎容疑者に対する「一人で死ね」という意見・断罪(切り捨て)が問題になっているが、無差別事件を引き起こす人は、親も含めた他者からずっと切り捨てられ続けてきた(愛情・承認・称賛がほぼない)人生が多く、「社会・他者との実際的・心理的な絆」が完全に切れている。包摂の具体案が求められる。

思い通りにならないのが人生、良いことばかりの人生などないの現実原則はあるが、秋葉原事件の加藤智大死刑囚にしても、この川崎無差別殺傷の岩崎にしても「親の愛情の欠落(条件つき愛情・両親共に拒絶)」がやはり性格形成過程において深刻なダメージとなり、その後の人生でも不遇感・疎外感・社会敵視をこじらせていた。

長期ひきこもりで親戚宅にお金がないもあるのだろうが、岩崎容疑者はもしかしたら「インターネット自体・スマホ自体に触れたことがない(最低限の操作方法も分からない)」のかもしれず、本人の無収入状況が根本原因とはいえ、「現代社会からの対人的・技術的・経験的な取り残され感」で更に現実感を失調してそうだ。

○「親の育児放棄・愛情剥奪・承認不全・能力欠如・学歴職歴なし」など無数のマイナス要素が鬱積し続けて50代に至ったとすれば、自力でも他力でも心理的社会的に立ち直るハードルは高くなる。

児童襲撃の容疑者「引きこもり傾向」=親族が市に相談、接触はせず-川崎 (時事通信社 – 05月29日 18:31) http://mixi.at/a8xRW3O

ひきこもりだから犯罪を犯したというより、数十年もひきこもらざるを得ないほどに「社会適応・対人コミュニケーション・状況認知・ストレス耐性・自己イメージ形成などの能力」が極端に低く、社会・仕事・他者・異性などから承認されて適応する(居場所を作る)足がかりさえ掴めなかった人なのかもしれない。

人がハイレベルの健康な心身と前向きな社会適応・人間関係を維持するためには、「お金を稼ぐ・仕事や役割をこなす・地位を築く・私的コミュニケーション・仲間作り・談笑する・恋愛(異性と戯れる)・セックス・結婚・子育て・好かれる・尊敬される・遊ぶ・勉強や向上・人生設計」などを複数満たす必要があるが簡単ではない。

人の外見・能力・資質・コミュ力・体力・魅力などの個人差は大きいが、基本的にクリアが簡単ではない上記の人生や職業、趣味、異性関係、教養などの課題を常にいくつかはこなしていないと、心身・意識に曇りや陰り、落ち込み、怒り、恨みが生じやすくなる。「明朗心・共感性」を維持する条件を自分なりに満たすことが大切だ。

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中高年のひきこもり問題の深刻化、筧千佐子と木嶋佳苗という心が弱った男を洗脳した女、雅子妃殿下の外交手腕が光る、上原多香子の男性関係の雑感など

○現状、中高年で推計61万人以上、全世代で数百万人以上のひきこもり(社会的能力の暫時喪失者)がいる事を考えると、人が社会・仕事に適応するのも簡単な話ではないんだな。

中高年引きこもり、課題深刻=推計61万人、支援なく-専門家「SOS逃さず対応を」 (時事通信社 – 05月31日 07:31) http://mixi.at/a8zcqZC

人手不足市場ではあるが、サービス業でも製造業でも単純なアルバイトでも、「求められる最低限度のスキル・コミュ力・人間性・体力や勤勉」が底上げされていて、かつてのような「職場にとにかく行けばどうにかなる仕事・機械的にやれる仕事」が激減している。入口で対人スキルの低い人が躓けばひきこもりやすい。

中高年ひきこもりでも「平均前後のスキル・コミュ力・学習能力があってプライドの高さでひきこもっているだけの人」なら、とりあえずどこかで働いてみればどうにかなるが、長期ひきこもりでは「家族以外と話せない・電話もできない・笑顔でいらっしゃいませも言えないのレベル」になりやすく社会技能の基礎再建が必要だ。

若年層とは違って中高年は「新人として就職して仕事を一から教えてもらえる職場」が減り、笑顔や愛嬌がなく挨拶・世間話もできないと「サービス業・営業という雇用需要が大きくて特別な資格の要らない仕事」でも採用されにくい。おじさん世代で飲食・コンビニで定着している人はやはり愛想よくやる気がある。

中高年ひきこもりは確かに「孤立・疎外・放置」が問題ではあるのだが、元々、若い頃から学校生活・企業活動(サラリーマン)・人間関係・異性関係などに馴染めず、人と接すると嫌な思いばかりしてきた人が多いので、「孤独がとにかく嫌で誰かと関わりたい心理・人に交わって働きたい心理」ともまた異なり支援方法が難しい。

少子化問題でとにかく子供をたくさん産めば労働生産性や税収が高まるというような誤解もあるが、現代人は労働者としてスムーズに適応できるパーソナリティーを形成しにくい「消費文明社会・お子様(お客様)扱い社会・格差社会(二極化)」の影響を受けていて、一定の割合がひきこもりなど不適応化しやすくなっている。

○筧千佐子被告は木嶋佳苗死刑囚と並んで、結婚詐欺が連続殺人までエスカレートした犯行。男性側の真剣な心情・孤独を逆手に取るので、金を奪えば後始末に困って殺人になりやすい。

寂しげな千佐子被告「あほな人生でしたわ」 死刑維持の2審判決に身じろぎもせず (毎日新聞 – 05月24日 20:21) http://mixi.at/a8sZOFs

他者の気持ちを弄ぶ自己中心的な金銭目的の殺人で死刑回避は有り得ないだろうが、この種の事件に対しては「怒り・処罰欲求」というよりは「男女双方の心理の闇・虚しさ・人の業」を感じさせられる面もある。筧千佐子も木嶋佳苗も美人でも何でもないが、「弱者が弱者を食うある種の食物連鎖・怨念投影」が世間の耳目を集める。

結婚詐欺殺人や恋愛商法事件、ぼったくりなどは、犯罪の内容自体は許されない利己的・残酷なものも多いが、男女関係で騙されると「騙された方が情けない・格好悪い・何であんな女に?」といった風評被害・誹謗中傷に晒されやすく、「ブラックユーモア・毒婦系の悪いやり手女(手練手管・やり手婆)」の論調で語られやすい。

筧千佐子が「あほな人生」に落ちたのは自業自得で他者の生命を道具化したからだが、「男から簡単にカネを引き出せる経験に味を占めた女」がエスカレートして行き着く先でもある。筧も木嶋も「男を求めて嫌な思いをした経験」を抱えつつ、「自分より弱い孤独に悩む(言いなりにできる)男」を見分ける嗅覚が動物的である。

筧千佐子死刑囚の「あほな人生(カネで心を捨てた人生)」にせよ、木嶋佳苗死刑囚の「私はモテる最高の女妄想」にせよ「自分の言う事を聞くレベルの男」を見極めて初めは徹底的に優しくして、「女っ気のない中高年男の心の弱さ」を半ば洗脳するノウハウで補強されていた。「取れる獲物以外見ない婚活市場原理の魔物」である。

筧千佐子の事件では、ターゲットにされて難を逃れた高齢者がインタビューに応じていた。「土地の権利証や預貯金・有価証券保有残高などを見せてくれ」としつこく求めるので(老後の生活費は夫婦分全額出す気でいたが)、「こりゃあ、詐欺だ」と気づきすぐ連絡を断ったと答えていた。こういった発想の男ならまず騙されない。

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人間の「生きる意味・理由」の考察、年金に頼れない老後における自助、田口淳之介・小嶺麗奈が大麻で逮捕など

○マイミクの「生きる意味・死にたい思い」の人生哲学の日記を読み、「死にたいの発言が元で疎遠になった人」や「相対的に恵まれた環境で不幸感・希死念慮を感じる人」について少し考えた。

死にたいや自殺者への同情論を言うと、極端に怒り出す人はいるが、人は畢竟、自分の人生を背負うだけでもかなり大変だからだろう。

自分や家族の人生を余裕なく必死に支え続けている状態にある人(客観視・議論も好きではない人)にとって、「死にたい・人生に意味がない・自殺者にも一理ある」などの意見は、「現在の自分の努力・苦労・忍耐の全否定」のように感じられることもある。自分自身と切り離した客観的な議論・相談ができる人は基本的に少ない。

自殺問題や出生関連思想は死生観が絡むが故に「どんなにつらいことがあっても地べたに這いつくばってでも生きる信念の実践者」と「つらいことがあって耐え切れずに自殺する人・共感する人」には、行為する存在者として深い断絶がある。「生きる意味・理由を求めての死にたい」は、「恵まれた国・時代・人の心理」ではある。

人類とまでいかずとも、ある国家・地域に居住する各人に共通の普遍的・義務的な「生きる意味・理由」は恐らくない。

思想的・宗教的には色々な概念や思索、精神体験の余地はあるが、一般的・長期的な「生きる意味・理由」の多くは、「選択決断・思い込み・記憶・意味づけ」などの作用が生み出す「物語化の自己規定」になる。

「生きる意味・価値・理由」は、普遍的な何かが外部にあってそれに辿り着く類ではなく、人間の身体・精神・脳は誰を取ってもそう大差なく、啓蒙や教育、鍛錬によって苦悩消失の特別な境地が開ける類でもない。

「生きる意味(価値)の至高性・究極性」を意識しすぎれば、「面倒・煩雑な現実の捨象」に行き着くだけだろう。

「生きる意味・理由」を長期的・本質的・普遍的に考えすぎれば、知識と理屈と現実批判の迷宮を彷徨うだけとなるが、適度なレベルで自己と現実と他者を調和させる常識人は「物語化・倫理化・社会化の自己規定」にのめり込んでいる内に寿命の炎が小さくなる。生きる意味を短期的・即物的・個人的に考えれば良い訳でもない。

どう生きれば「生の意欲(エロス)」を高められ「死の誘惑(タナトス)」を遠ざけられるかに唯一の正解はない。絶対に自殺や無気力な生が悪とも断定できない。

社会生活や経済活動、人間関係で楽しもうとして生きる一般的な人生観が現代ではベースになるが、人によって政治・倫理・宗教・教養・遊興などのテイストが変わる。

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仕事・育児の忙しさと自由時間の価値、知らない異性と話すことが難しくなった現代、時給1300円のZOZOのバイトなど

20世紀前半まで「モラトリアムな個人の時間・自由」など庶民にはなく、男は労働・兵役、女は結婚・出産育児・孫や老親の世話のうちに寿命が来たが、現代人は個人の幸せを無視できない。

「私って何者?」育児中、”自分が消えていく”感覚に襲われるママたち (ママスタジアム – 05月24日 13:01) http://mixi.at/a8s8Ytt

半世紀以上前の庶民の人生は、現代人の個人主義から考えたら耐え難い理不尽や義務・強制の嵐でもある。子供がたくさん産まれる社会は「(特に女性の)個人としての自由や楽しみが意識化されない社会」に近い。徴兵され20歳かそこらで死ぬ、炭鉱や鉄工所の労災で若くして死ぬも多く、私が何かを問う暇も個人的享楽もない。

1日12~16時間以上の過酷な肉体労働、狭い家で毎日朝から晩までの家事育児で子供はどんどん増えるといった環境は、現代人の感覚からするとブラックを超越している。実際、20世紀半ばまでの重化学工業や鉄鋼・機械、炭鉱・ダム・トンネルなどは労災死亡率が非常に高く、仕事が文字通り命懸けで自我や哲学が遠退く。

現代人は「個人としての自由時間・干渉されない自由領域」を重視する人が増加しているが、この欲求は歴史的に見ても王侯貴族でも(周りに絶えずお付きの者がいるため)、手に入れにくかったものである。

未婚化や少子化、早期退職の一因でもあるが、「一つの義務的な物事に一日全部は使いたくないの希望」は実現が難しい。

朝から晩まで長時間の仕事を何十年もしたくないと思えば、男性だと正規雇用のかなりの割合に適応できない。一日の8時間以下で拘束時間を減らすほど、収入も保証も評価も落ちやすい。朝から晩まで家族や子供のことばかりをしたくないと思えば、結婚生活や家事育児に何らかの支障が生じやすい。気楽なコミットは不可能に近い。

俺は時給10000円を確実に稼ぐ特殊なスペシャリストだからという人なら、一日三時間も働けば十分かもしれないが、そんな人は一万人に一人もいない。私は完全主義じゃなくアバウトだから、乳幼児でもずっとは見ません(怪我したら仕方ない)も、現代の親に求められる保護義務に違反しているとして叩かれるだろう。

○小中学生の女の子に誘拐・性犯罪などを目的に話しかけるのは許されないが、現代はナンパに限らず、知らない異性(同性も)にあれこれ話しかけることは一般的に容認されづらくなってはいる。何かを求められる説得・交渉・営業自体が害悪視されやすい。

不審者から一人の女の子を救った連係が話題 http://mixi.at/a8i7j55

小中学生の未成年者相手のペドファイルは明らかにアウトだが、よく知らない成人女性でも「雑談であれこれ返事を求める・お茶や食事に誘う・連絡先を聞く・関係性を作ろうとする」などは、基本的に場所や状況にもよるが、よほど気に入った相手でなければ迷惑である。大半の男性は、話題を選んで話しかけても基本喜ばれない。

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岩倉具視が構想した「王政復古の大号令」の雑感、基礎年金納付免除の3号被保険者について、一途過ぎる男は別れる時のトラブルが多い、暴言夫のモラハラなど

○幕末の薩長と岩倉具視が主導した「王政復古の大号令」の歴史的意義は、当時最強の実力を持つ400万石の大大名だった徳川宗家・徳川慶喜を完全に新政府から追放する事に成功したことにある。大号令前の朝議に、徳川慶喜と松平容保(会津藩主)らも招集されていたが、暗殺を恐れて参加しなかった事で、大義名部を奪われた。

1867年の段階で、徳川慶喜が京都御所に参内した場合、薩摩藩に暗殺される可能性は確かにあったが、当時はまだ慶喜シンパの土佐藩・山内家や親藩の尾張藩・越前藩が詰めていて、長州は処分を解除されていなかったので、徳川幕府に味方する勢力もかなりいたのである。土佐・尾張・越前は徳川を政権に参加させたかった。

だが岩倉具視が構想した「王政復古の大号令」は、「旧幕府・旧朝廷の身分と権限の無効」を宣言する事に成功した。明治天皇の名前を出し「摂政・関白・幕府の廃止」と「総裁・議定・参与の設置」を決定し、旧幕府(徳川家とそのシンパ)・旧朝廷(五摂家)を一挙に新政府中枢から排除し薩長と岩倉が牛耳れる仕組みを敷いた。

天皇を神のような立場に擬制した一君万民は、幕府であろうと五摂家であろうと、天皇以外はみんな同じ人民であるという建前を作り上げた。本来であれば幕府・朝廷で高位に上がれない身分の薩長の功労者や岩倉具視ら下級貴族が、天皇親政と委任の建前で新政府の実権を握れるようになった。徳川家を「賊」とする動きを強めた。

土佐藩の山内容堂は、徳川幕府に先祖代々、恩義を感じてきた家柄で、ギリギリの段階まで徳川家を新体制に組み込むべきと主張して、それに越前藩の松平春嶽、尾張藩の徳川慶勝らも賛同の構えを見せていた。特に徳川家から身分も領地・財産も全て剥奪する「辞官納地」に反対し、内戦より徳川家を体制に組み込みたがっていた。

西郷隆盛は倒幕の功労者とされるがその歴史的役割の一つが、徳川家取り潰し(辞官納地)の御前会議で威圧的な存在感を示した事にあった。土佐藩の山内容堂、越前藩の松平春嶽、尾張藩の徳川慶勝という大大名が徳川家取り潰しに反対する中、西郷は岩倉に「短刀一振りあれば賛成させるに十分でごわす」と耳打ちしたという。

西郷隆盛は徳川家取り潰しを決定する小御所会議で、「短刀一振りの話(端的にはこのまま反対するならこの場で殺す・3000の薩摩藩兵が囲んでいる)」をして、小休止後にそれまで反対していた山内容堂・松平春嶽・徳川慶勝が急に意見を翻し、辞官納地で徳川家は新体制に加えず、没収に反対すれば賊軍とすることを決めた。

とはいえ、当時、最大・最強の大名で近代化を進めた軍隊も持つ徳川家が簡単に屈服するはずはなく、徳川慶喜は大政奉還して征夷大将軍も内大臣も返上したものの、領地については一部だけを献上すると返事するに留めて、400万石と大軍は温存していた。英仏に対しても、慶喜は徳川家が外交権を持つと説明していた。

○基礎年金免除の3号被保険者は、女性の90%以上が結婚・出産して過半が扶養範囲内のパートだった時代の名残で、「女性の就労率・独身率・離婚率の上昇」で不公平感は出る。

「働く女性の声を受けて”無職の妻”の年金半額案検討」記事に批判続出 ハッシュタグ「働く女性の声」に寄せられたリアル http://mixi.at/a8b9T6f

3号被保険者の不公平感が無かった時代は、過半数の女性と家庭が「3号被保険者制度による恩恵」を受けられた時代である。更に「働きたい女性でも男性並みには働きづらかった時代(一部のエリート・専門職・公務員を除き)」であり、非正規の仕事をしても会社から「扶養範囲を超えない年収での働き方」を半ば強制された。

非正社員で働いている女性で夫の扶養から外れて、自分で厚生年金を納めたり会社の健康保険に加入することは、できるとしても基本的に「やめておいた方が得(税と社会保険の負担が重くなり、途中でやめたら翌年が大変)」という価値観が共有されていた。今の若い世代は共働きがデフォルトで未婚率も高く前提が共有できない。

また、長期に3号被保険者でい続けることは、一見、楽なポジションに見えるが、若い層になるほど「男性一人の収入に依存するリスク」を認識しやすく、20代の平均所得では女性が上回っているので、「完全に仕事を辞める選択」はしづらい。また10年以上結婚して離婚すれば、その後の仕事・収入・年金のリスクが広がる。

良くも悪くも、男性の平均所得低下(単独で長期扶養困難)や未婚率晩婚率・離婚率の上昇、単身世帯増加などで、「夫婦単位・世帯単位の年金を含む人生設計」の前提が成り立たなくなってきて、「個人単位の年金・仕事・人生設計」の意識が強まっている。夫婦だから二人セットで困らない年金制度を考える前提が崩れてきた。

3号被保険者について「年金を払わなくても十分な金額がもらえる誤解」があるが、「あくまで夫と離婚せずに連れ添って、夫側の厚生年金(共済年金)と合わせれば普通の老後生活ができる金額」に過ぎない。3号被保険者は基礎年金(国民年金)のみなので、40年納付と見なされても月額6万円台しか貰えず、厚生年金はない。

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