「思想哲学」カテゴリーアーカイブ

動物の権利と人間のエゴイズム:加速するセンシティブな倫理観

20世紀後半から倫理学には『動物の権利(アニマル・ライツ)』という分野が設けられたが、動物の生命や感覚にも『人になぞらえられるべき一定の価値』があるという倫理観・判断基準は比較的新しいものである。

人間は動物を家畜化して食肉にしたり、医学・科学の発展のために実験動物として利用したり、学術・鑑賞のために動物園の檻(研究室の飼育環境)に閉じ込めたり、愛玩するために品種改良したり飼育したりする。

その意味では、人間は動物を人間のための『価値ある資源』として利用する存在であり、『動物虐待』と『必然的・不可避な利用(食用・鑑賞用・飼育用・実験用など)』との差違もまた人間的な感情や感覚の受け取り方に由来することになるだろう。

一方的に殺される側、利用される側の動物からすれば、『人間の側の理由・事情・必要性』などどうでもいいことではあるが、動物は人間との知能・実力(戦闘能力)の差によってどうしても『一切殺されない・利用されない存在』になることは現実的に不可能である。

映画『猿の惑星』のシーザーのように、人間と同等の知能と意思疎通能力・戦闘能力・道具製作を持った『新たな種(人類の天敵の種)』でも出現しない限り、地球上において『食肉・飼育をはじめとする人が必要とする動物資源の利用』を実力行使でやめさせられる種は不在だからである。仮に、進化した類人猿や宇宙から飛来した異星人に、人類が取って代わられたとしても、次は『人類に代わった優性種』が他の動物資源を利用しないという保証は何らないが。

続きを読む 動物の権利と人間のエゴイズム:加速するセンシティブな倫理観

後期高齢者を『熟年高齢者』と呼び変える政府案と『人生・楽しみの有限性』に抵抗するような現代の風潮

“死・末期(忌み事)”を意識させられたくない元気な高齢者が増えているのは分かるが、名称だけ『若年・熟年高齢者』と改めても『人間の有限性・医療の必要性の現実』まで言霊で変える事はできない…。

<後期高齢者医療制度>厚労相、「熟年」など別の名称に意欲

経済環境や人間関係がそれほど悪くないという前提条件はあるが、現代ほど『若さ・元気・生』が希求され『老い・衰弱・死』が忌避されている時代はかつて無かった。70代以上の人であっても老成・円熟の担い手になりたがる人は減り、若さと元気、快感を求める生涯現役タイプが増えたのは時代の恩恵だがその分、葛藤も増えた。

続きを読む 後期高齢者を『熟年高齢者』と呼び変える政府案と『人生・楽しみの有限性』に抵抗するような現代の風潮

“ジェンダー・資本主義・マナー・性的魅力”と相関して変わってきた体毛の印象

大学課題「女子は腋毛伸ばせ」、10週間ムダ毛処理止め男女の違い学ぶ。

日本でいえば江戸時代以前、前近代的な社会においては、女性であっても腋毛や脛毛を全く見えないようにする形で、剃ったり脱毛処理したりするケアは求められていなかったが、『頭髪以外の体毛=ムダ毛・美の障害物』と見なす美的感覚は、美貌や清潔を貨幣経済によってある程度まで操作できる『近代西欧文明』の先端にあるものと考えられるのではないかと思う。

ムダ毛を処理していなければ『美しさ・清潔・マナー』から外れて、美しくないだけではなく社会常識やマナーのない人間のように見なされかねないという意味では、現代社会におけるムダ毛処理(男のひげ剃り・女の腋や脛の処理)は個人の強迫観念を超えた直接的な社会生活上の要請に近い。

会社員・公務員であれば男でさえ、無精ひげを伸ばし続けたり髭をデザインしてカットしたりすることは許されないし、現代では女性から見た男性の性的魅力さえも『体毛や髭が薄いほうが魅力的に見える(中には体毛が濃いというだけでNGという女性もいる)』方向に変化している。このことは自由・人権が守られた先進的な経済社会が概ね、『女性原理(たくましさ・荒々しさ・豪快さよりも美しさ・優雅さ・清潔さを評価する)』に近づくことと無縁ではないだろう。

資本主義との相関でいえば、『ムダ毛がないほうが美しいという価値観』は、剃刀やシェーバー、エステ・美容外科の脱毛(レーザーやニードルの脱毛処理)などの定期的な消耗を義務付けるものであり、体毛を自然に任せて放置して良い文化よりもたくさんのお金が常に動き続ける。

米国の投資家ウォーレン・バフェットが世界最高水準の鋭利な複数刃の剃刀を開発したジレット社に、『これから世界中の男が丁寧に毎日ひげを剃る時代になるから、付加価値の高い高額な剃刀の需要は安定して伸びる(今は贅沢な複数刃の剃刀がスタンダードな必需品と化す)』という理由で大金を投資した所以でもある。

実際、ジレットの株価はバフェットの初期投資の時点から5倍以上に膨らみ、コカ・コーラと並んで、必需品化するビジネスを愛好するバフェットの長期投資の典型的な成功事例(ブルーチップ株の合理的予測)と言われる。

続きを読む “ジェンダー・資本主義・マナー・性的魅力”と相関して変わってきた体毛の印象

7月1日に、集団的自衛権の行使容認の閣議決定:憲法9条の憲法解釈の変更はどこまで許されるのか?

憲法9条をストレートに読めば、自然権である個別的自衛権とは違って集団的自衛権が行使可能と解釈できる余地はない。閣議決定で『実質的改憲』に相当する解釈変更が許される法的根拠もない。

憲法解釈変更、7月1日閣議決定=菅官房長官が表明―集団的自衛権

国家の最高法規の改憲に相当する自己流解釈に対して『国民の理解』を求めても仕方ないし、本来そこまで飛躍した解釈をするなら『両院における改憲発議』をまずしなければならない。『国民全般が理解・同意したか否か』など実際には確認しようがないわけで、今すぐ集団的自衛権の行使が必要という具体的根拠も乏しい。

日米安保条約に基づく日米同盟は『日本国とアメリカ合衆国の安全保障』を目的にしているが、安倍政権が集団的自衛権を強調する理由として『米国からの双務性の確認』があったとも言われる。

だが、日本は在日米軍の駐留を許可し軍隊の維持費の一部を負担して、米国の太平洋地域におけるプレゼンスの拠点を提供しているので、現状でも米国だけに負担を押し付ける片務性に偏っているわけではない。

仮に集団的自衛権を容認するとしても、日本は『アメリカ合衆国の国土の防衛(グアム・ハワイなど)』に協力する義務を持つに留まり、『米軍の展開する戦争・作戦(アメリカ軍が攻撃を受けた場合すべて)』に対して共同防衛の義務を持つわけでは当然ない。

続きを読む 7月1日に、集団的自衛権の行使容認の閣議決定:憲法9条の憲法解釈の変更はどこまで許されるのか?

ISIS・ISILの侵攻によるイラク内戦の激化:イスラム原理主義と独裁政治を牽制する欧米外交の矛盾点

イラクがイスラム国であり、国民の一定の割合が『欧米的な自由主義・男女同権社会・人権思想(=イスラムの伝統や慣習を解体する個人の平等な尊重)の反対者』である以上、反欧米・反民主化の勢力は尽きない。

緊迫のイラク情勢 いったい何が起こっているのか?

アメリカの対イラク・対シリアの外交の限界は、目先の軍事目標(独裁政権の転覆・イスラム過激派の抑圧)の達成のために、『価値観・信念の整合性がまるでない武装勢力』と暫時的に手を結んだり支援せざるを得ないということにある。結果、米国が支援していたフセインが人権抑圧の独裁政権を築いたような矛盾が生まれる。

アメリカは民主主義の価値を重視して、『選挙を伴わない独裁政権・軍政』を嫌って非難するが、中東では『独裁政権(軍政)がイスラム原理主義を押さえ込んでいる図式』が多く見られ、米国は『親米政権+世俗主義の体制+安定的な統治(部族政治の秩序維持)』であれば独裁政権でもお目こぼしをしてきた。

続きを読む ISIS・ISILの侵攻によるイラク内戦の激化:イスラム原理主義と独裁政治を牽制する欧米外交の矛盾点

エマニュエル・レヴィナスの生成の哲学と他者の『顔』からの呼びかけが生む倫理・意味・限界:3

レヴィナスは他者との対峙や対話が生み出す倫理の起点を『汝、殺すなかれ』の根本規範に求めており、『他者の顔』と向き合って語り合おうとするものは決してその人を殺せないが、『他者のカテゴライズされた観念(敵対者・犯罪者・異民族・異常者として分類された実際に顔を見ないままの他者)』だけを頭の中で考え続ける人は、戦争・虐殺・殺人(重犯罪)・処刑・監禁拷問・放置(見殺し)などあらゆる残酷な行為を他者に対して行うことが潜在的に可能であるとした。

能力的には殺せるのに殺さない(『顔(相手の人格・背景)』と向き合った相手を殺したくないと思う)のが人倫の基盤であり、現実的には見捨てていっても良いのに見捨てずに援助するのが人間性の発露なのだというのがレヴィナスの倫理学的思考であるが、その根底には原始的時代における『カニバリズム(人肉食)の禁忌』という文明的・人倫的な感受性の芽生えが置かれている。

その人倫・人間性を信頼できなくなった人間は、類似した価値観や生き方を持つ仲間集団から外れた異質な他者を排除しようとする『全体主義の暴力機構(管理・支配・懲罰のシステム)』を自ら作り上げていくとした。更に現代では『機会の平等の前提・結果から類推される能力や努力の高低』によってすべてが自己責任(自業自得)として帰結されたり、かなりの人が『他者を助ける余裕がない存在としての弱者意識(被害者意識)』を持つようになったことで、他者の顔と向き合うことにある種の恐れとプレッシャー、煩わしさを感じやすくなった。

続きを読む エマニュエル・レヴィナスの生成の哲学と他者の『顔』からの呼びかけが生む倫理・意味・限界:3