「政治」カテゴリーアーカイブ

母が娘二人を刺した事件、人間は異性と金銭に振り回される運命か?、同性婚の問題、香港のデモと逃亡犯条例など

○子供の人生を理想のライフコースの枠にはめて考えすぎると、「望む人生=中流的で人並みに見栄も張れる人生」に及ばないと一方的に絶望しやすい。現代は普通に囚われるほど、精神の健康を崩しやすい。

娘2人包丁で刺す 容疑の母逮捕 命に別条なし 埼玉・松伏 (毎日新聞 – 09月06日 19:34) http://mixi.at/aeCr67h

シニカルな視点から語ると、「子供は親がなくても勝手に育つ」とはいうが、実際には生育環境の悪さもあって「長期のひきこもり・無職・犯罪者」になることもあり、その時には逆に「親が子育ての責任を取れ」と手のひら返しの世論もあり得るので、ただ殺さずに適当に育てれば万々歳とも言えない結果はあり得るが。

8050問題なども含め、可愛くて小さい子供もいずれは青年になり大人になり老人になっていく。「殺人は論外としても、生きていても無職・犯罪などがあれば、逆に死んでくれの批判も受け得る」が、誰もが命さえあれば余裕綽々で人生を乗り切れるとは限らず、かなりの能力や知性があっても、人生を生き抜くのは骨が折れる。

フランスで生きていくのが嫌なことや面倒なことばかりで、「何で俺を産んだのか?産んだからには、一切の苦労や面倒がないように保証しろ」という反出生主義の男が両親を相手どって裁判を起こしたという馬鹿げたニュースもあったが、「望み通りの人生へのこだわり」は突き詰めればこの男のような反自然の人生観に行き着く。

しかし、産んだからには一切の苦労や不幸をなくして、死ぬまで保証しろというある種馬鹿げて見える反出生主義や精神的貴族主義は、この母親の事件も含め、自分ないし子供の人生の絶対的な最低ラインを高く見積もる先進国病である。恐らく、最低でもこの人生を保証せよという精神的貴族主義は少子化と合わせ今後も拡張する。

○現代の科学捜査の水準だと、時効が無ければ十年以上先でも逮捕の可能性はある。そこまでの心理的負担や逮捕リスクを負ってまで性犯罪をするのは、かなり病的な衝動・妄想・再犯性がある人だろう。

8年前の女性乱暴容疑で逮捕=元少年、「記憶にない」-警視庁 (時事通信社 – 09月05日 12:31) http://mixi.at/aeBeRvy

しかし、世界宗教が男を欲情させる女性を差別してまで人間の性愛を様々な思想・倫理・制度などで管理しようとしたように、動物にとって「ただの生殖手段に過ぎない性」が、人間においては時代が進むほど「人権・尊厳の方向」と「娯楽・快楽の方向」の正反対のベクトルが両極化したのは皮肉な進化・文化風潮の流れである。

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人間の「生きる意味・理由」の考察、年金に頼れない老後における自助、田口淳之介・小嶺麗奈が大麻で逮捕など

○マイミクの「生きる意味・死にたい思い」の人生哲学の日記を読み、「死にたいの発言が元で疎遠になった人」や「相対的に恵まれた環境で不幸感・希死念慮を感じる人」について少し考えた。

死にたいや自殺者への同情論を言うと、極端に怒り出す人はいるが、人は畢竟、自分の人生を背負うだけでもかなり大変だからだろう。

自分や家族の人生を余裕なく必死に支え続けている状態にある人(客観視・議論も好きではない人)にとって、「死にたい・人生に意味がない・自殺者にも一理ある」などの意見は、「現在の自分の努力・苦労・忍耐の全否定」のように感じられることもある。自分自身と切り離した客観的な議論・相談ができる人は基本的に少ない。

自殺問題や出生関連思想は死生観が絡むが故に「どんなにつらいことがあっても地べたに這いつくばってでも生きる信念の実践者」と「つらいことがあって耐え切れずに自殺する人・共感する人」には、行為する存在者として深い断絶がある。「生きる意味・理由を求めての死にたい」は、「恵まれた国・時代・人の心理」ではある。

人類とまでいかずとも、ある国家・地域に居住する各人に共通の普遍的・義務的な「生きる意味・理由」は恐らくない。

思想的・宗教的には色々な概念や思索、精神体験の余地はあるが、一般的・長期的な「生きる意味・理由」の多くは、「選択決断・思い込み・記憶・意味づけ」などの作用が生み出す「物語化の自己規定」になる。

「生きる意味・価値・理由」は、普遍的な何かが外部にあってそれに辿り着く類ではなく、人間の身体・精神・脳は誰を取ってもそう大差なく、啓蒙や教育、鍛錬によって苦悩消失の特別な境地が開ける類でもない。

「生きる意味(価値)の至高性・究極性」を意識しすぎれば、「面倒・煩雑な現実の捨象」に行き着くだけだろう。

「生きる意味・理由」を長期的・本質的・普遍的に考えすぎれば、知識と理屈と現実批判の迷宮を彷徨うだけとなるが、適度なレベルで自己と現実と他者を調和させる常識人は「物語化・倫理化・社会化の自己規定」にのめり込んでいる内に寿命の炎が小さくなる。生きる意味を短期的・即物的・個人的に考えれば良い訳でもない。

どう生きれば「生の意欲(エロス)」を高められ「死の誘惑(タナトス)」を遠ざけられるかに唯一の正解はない。絶対に自殺や無気力な生が悪とも断定できない。

社会生活や経済活動、人間関係で楽しもうとして生きる一般的な人生観が現代ではベースになるが、人によって政治・倫理・宗教・教養・遊興などのテイストが変わる。

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20代女性の恋愛はなぜ低調になったのか?、美人のデメリット、丸山穂高議員の戦争論の根本的な問題点と平和ボケ

○恋愛や恋人の必需性が落ちリスクも認識されているので、よほど好みの相手がいなければ女同士で遊んだ方が良いが多数派になっている。

10~20代女子が恋人に求めるのは「優しさ」、結婚相手には「安定した収入」 年上好きな理由は「デートのグレードが高い」 (キャリコネ – 05月15日 17:30) http://mixi.at/a8j4bao

収入や容姿、優しさ(尽くす)など要求が多いとの意見もあるが、20代女性で平均前後の容姿で相手に合わせるコミュニケーションができれば、ほぼ無条件に誰かにモテる。また、自分は男や性に対する欲望はそれほど強くない事も多いので、(自分から必死にアピールするのではなく、求めてくる男を認めるの形なら)自然そうなりやすい。

男と女のプライベートにおける完全平等は実現しにくいが、それは相対的に女よりも男の方が異性を性的に求める度合いが強いからで(恋愛絡みのストーカーや別れたくないで殺傷、性犯罪も男に多く、何歳になっても性的に活発)、女性は結婚や出産などやるべきことさえ済ませれば、男自身を強く求める人が相当に少ない。

特に、一見してそれなりの魅力がある若い世代の女性の場合、セクシャリティーにおけるボーナスタイムのようなもので、ある意味、一時的に学校でも職場でも誰かしら異性としての魅力に引き寄せられてくるので「何もしなくても今近寄ってくる男以上の人」を楽に捕まえられると思いやすいが理想を上げすぎるとピークは終わる。

○美人のデメリット…他の能力が優れていたり努力していたりしたとしても「見た目が良い以外の特長・実績」は評価されず「美人だから(笑顔でいれば周りが常に協力的だから)」で終わるの事例ではあった。

フリーアナ加藤綾子、初のビジネス書が絶好調 (ドワンゴジェイピーnews – 05月16日 15:00) http://mixi.at/a8kxNUo

しかし、加藤綾子さんが、明石家さんまやタモリ、著名アナウンサーとのコミュ経験からの学び、仕事ぶりと人間性の魅力を題材にして、「話し方のノウハウ」を提示しても一般女性が実際に使えるものは少なそう。そういった業界著名人と仕事・対話できるステージでのやり取りは、一般的な会話空間・人間関係とは異なる。

明石家さんまさんなども、コミュニケーションの達人や人間関係構築の名人のような扱いであるが、加藤綾子さん(剛力だの新川だの色々好きな人)に対するあからさまな好意の繰り返しの表示なども一般企業の上司などであればセクハラにもなり得るし、業界のポジションと共有された危険のない女好きの印象ありきの魅力でもある。

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「錦の御旗」と「徳川御三家」について、丸山穂高議員の戦争による北方領土奪還論の問題、ビットコインは確率的宝くじか?など

○中世以後の天皇軍を示す「錦の御旗」の記述は、「太平記」の南北朝時代の護良親王くらいしかないが、「太平記」は現代人で小説的な作品(吉川英治など)はまだしも原文で通読した人はほぼいないだろう。江戸時代にはそれなりの知識人・武家公家の古典好きなら読んでいて当然の書物で、徳川慶喜も読んでいたと推測される。

「徳川御三家」は、徳川家康が徳川家永続のために打った布石とされるが、水戸光圀以降、勤王主義者が多い水戸徳川家は一説に「内乱で将軍家の大義名分が奪われた時の保険」とも言われた。故に水戸徳川家出身の人物が征夷大将軍になったことは、15代慶喜まで一度もなく、朱子学的な尊皇の大義名分論を家風としていた。

徳川慶喜は個人としては歴代将軍の中でも智謀に優れた類ともされるが、戊辰戦争で徳川家が敗れたのは慶喜の軍略・胆力が西郷隆盛らの維新派の豪傑に及ばなかった面も大きい。鳥羽・伏見の戦いの初戦で敗れた時点で、幕府軍は兵力で約3倍、近代化でもわずかに薩長に遅れた程度で、慶喜が前に出れば勝敗は分からなかった。

徳川慶喜が戊辰戦争の早い時点で戦意を失った理由については諸説あるが、水戸徳川家が「尊皇主義の家(本家・将軍家のバックアップ)」であった事がやはり大きかったように思う。天皇・朝廷の臣下であることを自覚させる朱子学的な教育・名分が、水戸徳川家では特に効いていたため、錦の御旗への抵抗を躊躇した。

徳川慶喜が前線に出て親幕勢力を糾合すれば、錦の御旗を奪還できる可能性はあり、天皇・公家は所詮は強い者になびくので、幕府優勢となれば討幕の勅許撤回で、逆に薩長に脅されたとして討伐を命じた。

だが兵力に優っていたのに初戦大敗した事で「対薩長の武力の自信」を失い「朝敵として死ぬ」を強く恐れた可能性が高い。

○先進国では武力による領土争奪戦はWW2で実質的に終わった。北方領土を自分が死んでも取り戻す自己と国家を一体化させたアイデンティティー形成は、洗脳的な国民教育と社会風土がないと無理である。

維新・丸山氏、北方領「戦争で奪還」に言及=執行部は撤回指示 (時事通信社 – 05月13日 19:01) http://mixi.at/a8hlsGg

戦争によって領土や外交の問題を解決するには、個人の権利が国家・政治の為に強く制限されなければならない。個人の幸福を基準にする先進国では、自分が死んでも領土奪還したい人は極めて稀になる。自発的に戦争に参加・協力させる滅私奉公システムが先進国では作りにくく、自分は死なない権力者の指示的立場も批判される。

○かつて天皇は現人神の最高司令官とされ、天皇陛下のために本気で死んでも良いと思える国民が、政策的・教育的に生み出されていた。戦争を実行するには「社会共同体の大半が武力戦争に賛成する空気・戦争反対を言えば非国民とされ村八分される規範」が必要で昔も本音では嫌な人もいたが、集団心理で逃げる事は不可能だった。

孝明天皇が天然痘で崩御してから、明治天皇が皇位について、薩長は徳川慶喜を外す小御所会議のすぐ後から、「錦の御旗」を立て始めた。だが錦の御旗のデザインは、長期にわたって天皇が軍隊を指揮する事がなかったため、幕末時には決まった意匠は無かった。最後の記録は「護良親王」が吉野山の山城に翻した日月旗だという。

後醍醐天皇の子の護良親王は、南朝の正統性の証として、金銀の糸で縫い付けた「日月旗」をはためかせたが、当時は相手も天皇を抱える南北朝時代であるため、錦の御旗の効力はなかった。だが幕末は知識人・攘夷派を中心として「尊皇攘夷・天皇軍の旗印」があれば、その軍に弓を引きづらい心理効果をもたらした。

ただ南北朝時代の「金銀の日月旗」は、「太平記」を知っている公家や知識層にしか知られていなかったため、岩倉具視のブレーン玉松操が「16花弁の菊紋」という天皇家の分かりやすい家紋を金糸で豪華に縫い上げる案を出したという。この天皇軍のシンボル化の影響は大きく、三つ葉葵の徳川家は「逆賊視」の不利を負った。

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習近平の中国における権力拡大と腐敗叩きによる人気、 オウム真理教事件(1995年)についての回顧・雑感

○習近平は中国では「反腐敗」で大衆人気が高いとされるが、毛沢東以来の「習近平思想の内容」は「毛沢東の文化大革命(金儲け否定)・トウ小平の改革開放(金儲け解禁)」を転換させるものか。

「習近平思想」を憲法に明記へ 中国共産党2中全会閉幕 (朝日新聞デジタル – 01月19日 21:14) http://mixi.at/a1Vde2I

中国共産党は毛沢東独裁の惨劇からの反省で、個人崇拝の独裁ができない政治システムに変更されているので、習近平が北朝鮮の金正恩レベルの側近の死刑さえ即決できる独裁者になることは不可能だろう。「集団指導体制・共産党席次トップ7の合議制」なので、江沢民や胡錦涛らが習近平に絶対服従なわけでもないが。

ニュースで、党大会における習近平の政治思想演説が3時間以上に及び、会場では居眠りやあくびをする党員も多かったとあるので、習近平の演説中は緊張して集中していなければならないレベルの独裁者として周囲が恐れているというわけでもないが、結局「江沢民・曽慶紅の腐敗勢力との戦い」の方向性がある。

習近平が中国を米国を追い抜く世界一の強盛国家にしようという目標を持っていることは確かだが、それは中国共産党・中華民族の元々の理念・目標に過ぎない。習近平は自分を今の地位に導いてくれた先輩・恩人の江沢民・曽慶紅に対して遠慮せず「旧勢力の賄賂汚職・口利き」を潰す動きに出たが、正論に地位・世論が伴うため強い。

「新時代の中国の特色ある社会主義」というのは、トウ小平の改革開放路線にも似ている。トウ小平は、毛沢東の原理主義的な社会主義・平等主義を貫徹して人民を経済的に虐待し続けるならば中国に「未来はない」として「先富論」を説き、才覚がある者は先に豊かになれとアジテートしたが、それが政治と商人が結託する腐敗を呼んだ。

習近平はおそらく「現在の中国の官吏腐敗・共産党幹部腐敗・格差拡大」を放置するならば、いくら中国が経済的・軍事的に大国化を続けようと内部の体制批判によって中国共産党の一党体制が永続しないことを予測している。「反腐敗運動」というのは、中国人民が中国共産党の腐敗不正に限界まで怒っていることが前提にある。

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選択的夫婦別姓の問題はなぜ解決が難しいのか?、 自民党の改憲は「歴史的使命」とはいうが国民からの要請がないなど

○自民党の長期政権と安倍首相の改憲表明が5年以上続き、政治の緊張感と一般的な関心も薄れてきた。政治家の凄い所は、初志貫徹というか共産党など含め「10年1日の同じ論調・目的」を続けられる事ではある。

安倍首相、改憲は「歴史的使命」=公明代表は慎重姿勢 (時事通信社 – 01月05日 12:05)

戦後70年、改憲について語るべき論点はすでに何回も「同じような図式」で語り尽くされてきて、改めてまたゼロから論争するのはなまじ憲法論に興味のあった人ほど「またか」の気分になる。祖父岸信介の日米安保闘争の頃から続く安倍首相の歴史的使命とされる改憲だが、確かに興味の移ろう一般人では粘り強さに負けるだろう。

民主主義政治の難しさ、民意の曖昧さは、「政治家や政党の信念・目的の長期的な継続性」に対して、民意を担う一般国民の少なくとも過半は「憲法問題の関連書籍の一冊」も読むことはなく(安倍首相も芦部信喜を知らない程度には憲法論を読んでないが)、改憲でも護憲でも論陣を張るほど毎日は意識していないという事である。

近代的な憲法とは何か、近代日本の権力・身分と国民と戦争(戦死)の相関関係が戦前・戦後でどう変わったかの基本的理解を欠いたまま、「歴史的使命としての改憲」を推進するといわれても一部の人の思想・悲願である。「現代日本の問題・国民生活に即応する改憲」のほうがまだ「歴史的使命の改憲」より説得的である。

○深夜労働をやりたくない人が強制されるなら問題だが、労働力が供給できなくなるか採算が極端に悪化すれば24時間営業から撤退する店舗は増える。労働力不足は小売・飲食の接客業全般に波及している。

24時間営業に「黄信号」=人手不足が深刻化-コンビニ大手 (時事通信社)

「嫁」という歴史的概念が「イエ・旦那に養われる擬制身分の概念」として残る地域・一族なら有り得るが、上下関係を強いる姑は時代錯誤になり、遠慮がちな姑も多い。

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