「教育」カテゴリーアーカイブ

小学校教員の男子児童に対する事件に限らず、

子供を狙った性犯罪や未成年者略取・逮捕監禁などの事件が、ここ数ヶ月で何件か連続して続いた。神奈川県相模原市で、犬の散歩をしていた小学5年生の女子児童が行方不明になった事件も発見当初は『何も覚えていない・何があったか分からない』と本人が語っていたが、その後に略取・逮捕監禁事件であったということが伝えられた。

ピザの宅配記録や東京町田市の地域で夕方に流される音楽などの手がかりから、容疑者の30歳の男が浮上して逮捕されたというが、保護された当初は事件のショックやトラウマから何も話せない心理状態に追い込まれていた可能性が高く、事後的な心理ケアやカウンセリングの環境整備が求められる。

少し前にも北海道札幌市で似たような事件が起こって、小学校3年生の女子児童の行方が分からなくなり心配されていたが、26歳の男に監禁されていた部屋に警察が乗り込んで無事に保護されることになった。少女漫画や食料品の買い込み、監視カメラの画像解析などが手がかりになったというが、それだけで犯人だとしぼり込むのは難しいだろうから、以前からその周辺地域において何らかの関連する犯罪歴か目立つ行為があった可能性もあるだろう。

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学校・職場のいじめは、どうして根本的解決が難しいのか?:社会的動物としての本能に倫理・理性の火は灯せるか。

いじめと聞くと記事にあるような『学校環境におけるいじめ』がイメージされやすいが、実際には『大人同士の社会関係(仕事・社交)』においても直接の暴力を振るわないいじめは無数にあり、各種のハラスメント(パワハラ・モラハラ・セクハラ・アカハラ・マタハラ等)が社会問題になって久しい。

虫を食べさせるいじめ、調査で発覚 長崎の小6自殺

有史以来どころか類人猿の段階から、ホモ属の構成する社会にはおそらく集団内における弱者(ネガティブな特徴が目立つ異質な他者)を差別して攻撃・排除する『いじめ』はあったと想定されるが、『いじめの根本原因』は何かというと以下の4つに絞り込まれる。このいじめの根本原因は、社会的差別(排除力学)の根本要因でもある。

1.人間が社会的動物であり、特定の集団組織に所属する状況が多く、集団内でのポジショニング(優劣・居心地の良さ)を巡る『明示的・暗黙的な競争』があること。

2.人間の個人の外見・能力・意志(動機づけ)に多様性があり、『自己と他者との差異』によって自己価値の確認(あいつよりは俺・私のほうがマシだという自己保証)をする人が多いこと。

3.社会を共同体として維持するための『価値観の均質化・集団内の秩序形成・言動の同調圧力』が働き、共同体に所属しようとする個人である限り、その種の集団力学の影響(個人の倫理・意志を押さえつけてくる力学)から完全には抜け出せないこと。

4.家庭環境・親子関係・友人関係・学校教育を通して、『自尊心の傷つき・存在価値の不安定化』に脅かされるトラウマを負うリスクがあり、そのトラウマを解消するための『スケープゴート』を求める個人が絶対にゼロにはならないこと。

学校のいじめを減少させるための決定的な方法であればむしろ理屈としては簡単である。学校やクラスを『固定メンバーで構成され続ける共同体的な学校環境(いわゆるスクールカーストの秩序形成を促す環境)』ではないようにすればいいだけである。

小中学校のメンバー固定のクラス制を廃止して『学科ごとの講義制』にしたり、どこの学区の学校にも飛び入りできるようにしたり、校舎に通わなくて良いネット配信教育との併用を認めればおそらくいじめは相当減るだろう。毎日、同じメンバーで顔を合わせて学校に通えば、『親しい友人間のグループ(派閥)』もできるが『親しくない知人との区別』も生まれ、『気に入らない奴・合わないグループに対する認識や対立』も生まれるリスクがある。

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学力上位(学力下位)の小中学校の校長の名前を公開すれば学力が上がるのか?

それが静岡県の川勝平太知事がやっている『校長の実名公表問題』の本質として認識されていなければならない。

校長名公表は「逸脱」、文科相が静岡知事を批判

自分が校長として教職員を管理・指導している学校の学力が全国平均に比べて極端に低かった場合、その原因・責任は『校長による教職員の管理方法・指導内容・成績向上にかける熱意』にあると言えるのだろうか。

これを実証するには成績上位校の校長と成績下位校の校長を一定期間以上にわたって入れ替えてみて(各教科の先生と授業のやり方はそのままにして)、テストの成績の推移を見てみなければわからないし、仮に4月に赴任してきたばかりの校長であれば、半年に満たない在職期間で『成績が低かった責任』を追及されてもどうしようもないだろう。

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部活動の先輩・後輩の上下関係と戦後日本(企業適応)の規律訓練システム

小学生までは年齢(学年)による上下関係がさほど意識されることはないし、そもそも『先輩‐後輩の関係性』について先生が言及することがほとんどない。小学校と中学校では随分と学校の雰囲気は変わるわけだが、それは『校則と規律・集団主義の強化』と『先輩と後輩の上下関係の明確化』、『学業・運動による進路選択の選別性』が強まるからだろう。

先輩が言うことは絶対!? 部活の厳し~い上下関係エピソード

中学校では部活(クラブ活動)には入っても良いし入らなくても良いという自由選択制の学校もあれば、必ずどこかの部活に参加してメンバーにならなければならないという強制性の学校もあるようだが、日本の『部活(特に体育部)』には二つの存在意義があると分析できるかもしれない。

1.好きなスポーツの練習・試合を通して『個人の能力・体力』と『集団の団結・一体感』を高めるという目的。何もやりたいことがない生徒が非行・逸脱行為(迷惑行為・犯罪)に走らないように放課後の時間まで拘束して、後は家に帰るだけの状態にするという目的。

2.階層構造(トップダウン)や理不尽な規範のある企業社会に適応するための規律訓練システム

先輩と比べてたった一歳~二歳だけ年齢が下というだけで、まるで『封建主義社会(身分制度のある時代)』に戻ったかのように、常に無条件に尊敬・謙遜の態度を示したり理不尽な指示・指導・命令に従わなければならないというのは、『抵抗困難な差別・慣習』であると同時に『究極の平等(結果としての立場の平等)』をも実現するシステムだった。

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広島県の女性集団暴行死事件と『家庭機能・学校‐就職の経路・共同観念』を喪失した少年少女の集団心理:2

現実社会の法律や常識、職業選択と対立する『不良集団(非合法活動に関与する集団)』は、一般的に『仲間の大切さ・裏切りへの制裁』を絶対的な規範にすることが多く、『仲間内でのルールや貸し借り』を『一般社会の法律や常識』よりも優先してしまうことが多い。

この記事の内容は、前回の『広島県の女性集団暴行死事件と『家庭機能・学校‐就職の経路・共同観念』を喪失した少年少女の集団心理:1』の続きになっています。

自分の行為が社会においてどのように認識されるのか、法律によってどのように判断されるのかを考えるのではなく、『仲間集団においてどのように認識されるか・仲間の価値観やルールに合っているか』のほうにより上位の価値観を与えてしまうということだが、こういった心理は極端な違法行為の免罪や認識する視野の狭窄を抜きにすれば、『身内・仲間・知り合いの言動に配慮する,その場の支配的な空気に同調してしまう』という形で誰にでも見られやすいものではある。

本来であれば、親とのコミュニケーションや学校で教育される社会の仕組みにまつわる知識・情報、他者と意見を取り交わす体験を通じて、『社会構成員に一般的に通用する共同観念』を形成していくものである。

しかし、上記してきたような『家庭機能の低下・学校教育からのドロップアウト・早い段階での経済的自立の圧力(親・教師の保護や指導の欠如)・スキルや資格による就職の選択肢の放棄』などの要因があると、『法律・倫理・政治・常識・慣習といった社会全体で通用する共同観念』を身につけることができず、『自分の周囲にいる仲間との関係性・利害関係』の中だけで生きているような『現実認識の視野狭窄(広い社会や一般的なルールが全く目に入らない友人関係の生活様式にはまり込む)』が起こってしまう可能性が非常に高くなる。

現代日本ではかつて浮浪児と呼ばれたようなストリートチルドレンを見かけることはまずないが、『家庭・学校・職場における居場所や自分の存在意義(まっとうに働く意義)』を見つけられない少年少女が社会を漂流し始めている状況が生まれている。『お互いの必要性・役割分担を認める仲間』に経済的・精神的に依存することによって、『集団内の力関係・ルール違反・同調圧力』に異常にセンシティブにならざるを得なくなり、『集団の外部の立場・目線』からすれば、たったそれくらいのことで(そんな仲間なら切り捨てれば良いのに)という馬鹿らしい理由で集団暴行・殺人(粛清)に及んでしまうこともある。

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広島県の女性集団暴行死事件と『家庭機能・学校‐就職の経路・共同観念』を喪失した少年少女の集団心理:1

広島県呉市の灰ヶ峰で若い女性の遺体が発見され、16歳無職の女性が自首してきた事件は当初から『車を運転したり遺体遺棄を幇助した共犯者の存在』が疑われていたが、出頭してきた6人の友人知人が逮捕されたことで新たな展開を見せた。報道では、『LINE』を通じて少女が友人たちと殺害事件に関連する情報・意見のやり取りをしており、警察にその情報の履歴を詳しく解析されれば『共犯者(自分たち)の存在』を隠し通すことはできないと観念したのかもしれない。

『殺害の動機』については、少年少女のグループが仲間内で営業していたとされる『違法な接客業・(私営の性風俗業か)』から上がる『利益の配分』を巡って被害者女性と揉めていたとも伝えられる。

加害者の女性が、昔からの友人だった学生の被害者を私営デリヘルに誘ったことが事件の発端ともされる。『ドロップアウト型の不良集団・違法ビジネス』での金銭が絡んだ仲間割れ(信用崩壊)が、『加虐と同調の制裁的な集団心理(仲間を裏切ったのだからこれくらい罰せられても当然とするローカルルール)』によって殺害までエスカレートしてしまったケースのように見える。

価値観や生き方、利害、仲間意識の共通点で結ばれた反社会的・カルト的な小集団が、『集団の規律を破った仲間・集団から離脱しようとした仲間』を殺害(粛清)してしまう事件は、連合赤軍事件(山岳ベース事件)やオウム真理教事件、暴力団・暴走族関連の事件をはじめとして過去に多く起こっている。性風俗やドラッグ、振り込み詐欺などのアングラビジネス(違法ビジネス)で金銭トラブルの仲間割れを起こして、今回と同じような図式で『利益配分に納得しない仲間(役割を果たさなかったり不正に多くの金銭を盗んだ仲間)』を殺害して遺棄するような事件も過去にあったりした。

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