しつけと称する虐待(暴力的体罰・家からの締出しや隔離・恐怖を伴う精神的萎縮)の問題はあるが、暴行・殺害に発展する前に『家族関係の悪化・負の感情の鬱積・会話不能』の兆候は必ず出てくる。
<北海道祖母と母殺害>高2女子「しつけ厳しく逃れたく…」
親の子供に対する威厳と恐怖は異なる。過度の暴力や罰則によって子供を恐怖させたり激怒させたり従属させたりする状況は『親が子に慕われている・子が親の注意に納得している・親子で話し合いができる』わけではなく将来の精神疾患・人格障害・復讐(犯罪行為)・絶縁などの潜在要因を子供時代に積み重ねているだけである。
『親が好かれているか嫌われているか』も親子関係の質に関わるが、しつけの必要性を強調する人は『嫌われるくらい(近づきにくい関係)が良い』と考え、信頼関係を強調する人は『好かれるほう(仲良く語れる関係)が良い』と考える傾向がある。しつけ重視は舐められるのを恐れ、信頼重視は対話不能を恐れる。
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SNEP(孤立無業者)というのは、20~35歳未満に限定されるNEETの概念を拡大したものと考えることができるが、現代社会は『何もしなくてもつながっているという所与の地縁・血縁・所属先』がなくなってきた時代であり、雇用・仕事と収入を基盤にして関係性と帰属先のネットワークが張り巡らされて維持されていることが多い。
そのため、仕事を失って無収入となり帰属先(職場とその人間関係)を失うと、家族以外との関係性がなくなる人は大多数であり、仮に結婚していても長期にわたって仕事と収入がなかったり労働意欲が弱ったりすれば、(配偶者がよほど稼いでいて収入がずっとなくてもOKという人ならともかく)生活そのものが成り立たなくなるので離婚せざるを得ない状況になりやすい。
仕事・収入がなくても、友人関係や異性関係だけが充実しているというのは、よほど魅力的なパーソナリティーか相手を楽しませるコミュニケーション能力がある人に限られるが、そういった魅力・能力があって更に人とも積極的に関係する行動力があれば、特段の資格・職能がなくても必然的にサービス業をはじめとして何らかの仕事にはありつけるものでもある。
安定した職業で働いていても、対人的な魅力・話術やコミュニケーションの積極性が欠けているために孤立しがちな人も当然いるわけだが、仕事と収入がない状況だと『誰かと関わりを持つ際に必要になる最低限のお金』を自分で準備できなくなり、相手からの折角の誘いがあってもお金を理由にして断らざるを得なくなる場面が増えてくる。親しい相手からおごってもらえるとしても、毎回それだと自尊心の傷つきや不甲斐なさを感じて、一緒にいることが苦痛にもなってくる。
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精神疾患の国際的な診断基準であるDSM-5では、過剰に物を集めて溜め込んでいく「溜め込み障害(hoarding disorder)」が新たな疾患として認められたが、膨大な物や記念品に覆われて生きざるを得ないところのある現代人は、基本的に「物を捨てられない性格傾向」を持ちやすい。
後悔しない親の家の片付け 1人でやらず、時間をかけて
年齢を重ねれば重ねるほどに物を捨てづらい傾向は強まりやすいとされるが、現在80代以上の世代になると「戦前戦後の物不足の時代」を経験しているだけに、「まだ使えそうなものを捨てること」に勿体なさあるいは罪悪感のようなものを感じやすいようである。
同じものを大量に買い込んで、できるだけ多くのストックを持つ事が安全という意識を持っている人も多く、食糧不足を懸念して大量の缶詰・保存食を買い置きしたりしているケース(実際には缶詰にも賞味期限・外装の耐用年数の限界はあるのだが)もある。
ホーダー(hoarder)とも呼ばれる溜め込み障害の人は、自分の居住空間がなくなったり生活設備が使えなくなるほどに物を溜め込んで「ゴミ屋敷・汚部屋」のような状態になってしまうので病気のカテゴリーになってしまう。
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突然子供が行方不明になる神隠しは近代以前は件数が多く、信州・飛騨をはじめ地形が複雑な山岳地帯で多かった。現代では『道迷い・事故・事件(誘拐等)』の可能性が高いが、子供が無事に帰ってくる事を願います。
小1男児が公園で行方不明に 長野・松本
外では子供から目を離さないようにしなければいけないというのは、乳幼児期の年代では徹底している親が多いが、小学生(児童期)になると低学年でもずっとつきっきりという感じにはならないだろう。どういった造りや地形の公園なのか、人混みができるような規模の公園なのかにもよるが。
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まんだらけの万引き報道であれだけ騒動になったにも関わらず盗品を古物商に転売したというのは、普段ネットやニュースの情報を殆ど見ないような閉じた生活(というかネットを使わないオフラインだけのライフスタイル)をしていた人なのかもしれない。
「怪獣フィギュア買いたかった」=逮捕の男、鉄人28号売却金で―警視庁
50代男性であれば、スマートフォンやタブレットを日常的に使わない人がいてもおかしくはない、家でパソコンをしない人も比率として多い。『まんだらけの万引きの報道』にしても、テレビだけならそこまで集中的に報道されておらず、『騒動・注目度の体感的なリアリティや危機感』の個人差は大きいだろう。
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個人がマスメディアのように情報を拡散できるネットと罪刑法定主義の相性の悪さ。まんだらけで窃盗をした犯人は悪いが、窃盗罪の法定刑には『肖像を晒す継続的な社会的制裁』は含まれておらず、犯人特定と社会的制裁を区別できない。
まんだらけが万引犯公開中止、警視庁の要請受けて方針転換
犯罪者だから個人情報も人格権・名誉もないという意見もあるが、そうなると不起訴処分・軽い罰則になるような事例でも『(ネット上の肖像のコピペ氾濫で)社会的生命の抹殺・社会復帰の困難』が起こり、複数の犯罪の量刑の重み付けや罪刑法定主義、法の前の平等原則が意味のないものになってしまう。
まんだらけのように『ネット上での話題性・注目度が高い窃盗』と『一般的な店舗で捕まって地域で処理される窃盗』との間で、実質的な社会的制裁(名誉毀損・社会復帰困難)が大きく違ってくる『罰則の不公平さ』の問題も出る。
『私的な公開捜査』を容認すれば、『冤罪・誤認・私怨(嫌がらせ)』があった場合でもその責任追及や原状回復が困難になってしまうだろう。
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