「登山」カテゴリーアーカイブ

SNSを介して伝わる友人知人の死について、 現代における貧困の自己責任の意識、 イモトアヤコさんの登山歴と現代の登山の意義・情報など

○SNSを介して伝わる「友人知人・元恋人などの病気や死」はこれから確かに増える。3年近く前によく話したマイミクが亡くなっていたのも衝撃だったが「文字・観念のウェブの世界」は無限の時間が流れている錯覚もあれど人は日々老いている。
http://blogos.com/article/278593/?p=2

サイトやブログ、SNSに数十年以上もの精神活動・コミュニケーションの痕跡を残したまま、この世をいつの間にか去っていく人が増える。言葉・観念に刻まれたその人間の精神活動は有限性の運命を受けずに、サーバーから消去されない限り(どこかにコピーされている限り)生き残る。ウェブ社会の面白さでもあり奇妙さだ。

入水自殺した西部邁さんは、「長らく評論活動をしてきたが、本を書いても議論をしても講演をしても社会はまったく変わらない。(評論活動に捧げてきた自分の)人生は壮大な無駄だった」と語るが、社会や他者、歴史が変わるかどうかは、最長でも100年程度しか生きられない個人にとって関与の限界が自ずから知れた問題だ。

○中流以上が「貧困は自分のせい」と語る時、格差隠蔽のポジショントークだが…日本の貧困層の多くは革命も抵抗もせずひきこもったり孤独死が多く、誰のせいにもしてなさそうだが。 — 「この国での貧困は絶対に自分のせい」 落語家・桂春蝶が自己責任ツイートで炎上 (http://mixi.at/a3zvuVQ)

日本の貧困層は、団結・連帯・運動がなく個人でバラバラに分断され、政治・社会を責めるより自分を嫌悪して恥を感じるというのは概ね今も昔も変わらない。日本にはプロレタリア階級礼賛のマルキシズムが根付くことはなく、政府のせいや社会のせいにして怒るよりも、政府や企業、社会にすがる「お上意識」のほうが強いだろう。

「この国での貧困は絶対に自分のせい」という発言の真偽については、「事実認識が間違っている・貧困層やその子弟を追い込むだけ」であるが、日本人一般の常識観念や自意識として「貧困は自分のせい」と思う人はやはり多数派である。自己責任論や合理主義で貧困・労働力の再生産が停滞したことも、人口減少の一因だろう。

麻生太郎副総理が昔「貧乏人は子供を産まないほうがいい」の発言で物議を醸したが、日本人の階級意識や自己責任論に皮肉に言及したもので、人口減少トレンドや労働再生産の停滞が現象として現れた。落語家・桂春蝶のツイートの怖さは、日本人一般が無意識としてそれを受け入れ、ネガティブな行動で社会が縮小している事だ。

○母親厳罰論も生命の教育論も、両親の支援がない孤立した貧困・無知な10代の妊娠・子供殺害を抑止する力は持ない。育てられない子供が子供を産むなといっても、既に99%以上の10代女性は産んでない。 — 殺人容疑:2歳長男の首絞め殺害 18歳母を逮捕 青森 (http://mixi.at/a3z2Zfm)

99%の同級生は高校生以下の年齢では子供を産んでいない、95%以上の同級生は高校進学をする、57%の同級生は大学・短大にまで進学する。専門学校まで含めれば7割以上は高校卒業後にも学校に行く。そんな現代において10代で妊娠出産する女性や家庭環境は稀であり、家庭・学校が機能していないケースが多い。

現代の少子化問題を解決する困難の主要原因は、18歳以下は若すぎるとしても、「若い時期に子供を産んで育てる環境・意志・基盤」が多くの男女にはないということだろう。ある意味では、妊娠出産は相手がしっかりしていなければ、何もない若い女性にとって最大の罰ゲーム、犯罪者になりかねないストレスと負担になり得る。

出産は歓迎・祝福されるべきことで、政治や社会も表向きは少子化対策を掲げるが、実際に10~20代前半の仕事も財産もない社会経験もない女性が妊娠出産して、相手の男から逃げられたらどうなるのかは想像に難くない。だから10代で妊娠する人は通常まずいないともいえる。よほど覚悟がなければ難しい。

もちろん、覚悟と度胸あるいは色気と愛嬌でどんな困難もパワフルに乗り越えていける女性もいるので、一概に10代から20歳前後で準備がない状態で妊娠出産すれば危ないともいえない。だが子供のためにどんな仕事でもするにせよ、頼れる男を探すにせよ、一般的人生と比較すればリスクは増える。

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田部井淳子「再発!それでもわたしは山に登る」を読んでの感想、「人間性の弱さ・醜さ」の受け止め方

○田部井淳子さんといえば女性初のエベレスト登頂、七大陸世界最高峰登頂の記録で知られる人だが、七大陸最高峰の記録は53歳時のもので、非常に根気強く死ぬ直前まで山に登り続けた登山家である。「再発!それでもわたしは山に登る」を読んでいるが登山家は晩年のエピソードも超人的で面白い人が多い。田部井さんも例外ではない。

腹膜がん発見後も登山と仕事のペースを変えず、東ティモール、ニカラグア、アンドラ公園の山に登り、自分が来ることを待つ人がいる登山イベント全てに顔を出すだけでなく一緒に登頂している。がん末期の呼吸困難に際し、エベレスト登頂時の酸素濃度の低さ・つらさに相当する感じで本当にきつそうだという、旦那さん経由の推測的な感想も田部井さんらしい。

抗がん剤の副作用で手足のしびれが出た事で、5000m峰以上の高山登山の仕事の約束を果たせずに残念、申し訳ないという感想を漏らすが、普通74歳で富士山だって登れない人が大半だ。足腰に絶対の自信があった田部井も弱り、電車に乗るのがつらい、階段を上るのが大変と思い始めるが死ぬ直前まで国内の登山は続けた。

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滑落して一週間の遭難から、74歳の登山者が生還:登山計画と各種の遭難・遭難死のリスク

74歳で北アルプスを単独登山できるのは並の体力・健康度の高齢者ではないですね。計画の甘さは、年齢・体力に照らして活動時間・歩行距離が長かったのだろうか。一週間の露営で生存は身体が相当強い。

生還74歳「感謝でいっぱい」=「計画甘い」反省も―富山

登山中の長期遭難による生還・死亡の経験談は多く残されていて、ヤマケイ文庫などで書籍も出版されているが、生還できるか否かの分岐点の第一は『怪我の程度』と『季節・気温・天気』である。第二は『パニック状態になって無駄な動きをしないか(ルート探索で更に怪我をしないか)』、第三に『非常食・装備』が来るだろう。

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夏の北アルプスの登山で遭難が相次ぐ、 日野原重明さんが死去

○日本アルプスは高山の危険度と登山者数の多さ(人の不完全さ)を考えれば、夏山でも遭難ゼロになる事はないが、それでも登る魅力ある山が無数にある。大半は無雪期の夏山シーズンしか登れず人が集中する。

長野県の北アルプスで遭難相次ぐ 男女2人が死亡

気温がそこまで低くならない夏山・低山なら、派手に滑落して出血・骨折があり数日間ビバークしても救助されたケースは少なからずあるが、打ち所が悪ければ行動不能・即死のリスクもある。『数メートルの滑落』といえば軽く思えるが、2~3階程度の高さからゴツゴツした岩場に落ちるわけで、死ななくても大怪我はする。

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日本の少子化進行、100年後に7割も人口減少か、 スイスの登山家ウーリー・ステックがエベレストで死亡

○戦後70年でも日本の社会・技術・文化・価値観は想像を遥かに超えて激変したのに、100年後の人口など正確に予測できない。農業・工業など労働集約産業の自動化が少子化の背景にある。

少子化進行の日本 子どもの数どうなる?100年後は3分の1まで減少するおそれ

農業・工業・土木建築などの労働集約産業が『学歴不問で健康・素直な人材』を大量に雇用して十分な収入も出せる経済構造なら、子供を増やせば増やすほど経済成長して親世代の暮らしが楽になるという多産のモチベーションが働いたが、今は経済構造・親の子育ての意識・子供の学歴や労働適性(進路希望)がかなり変わった。

今より遥かに科学技術・自動化(ロボット・AI)が進歩するであろう100年後の未来は自動生産システムによって、『特別な能力・魅力・適性・気力を持たない個人』が仕事・収入・役割・承認を得る事が難しくなる恐れもある。自動化システムでBIが導入されても、何ができるかの自己の存在意義や承認欲求の問題は残る。

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栃木・那須のスキー場での雪崩死亡事故とリスク管理の甘さ:雪山登山やアウトドアに一定のリスクはあるが

自分だけの登山・訓練ならまだしも、教え子の命を預かる状況では軽率な判断である。悪天候で茶臼岳の往復登山の実技講習を中止はしたが、何もせずに帰る事を忌避する登山者の傾向が事故を招いたか。

<那須雪崩>歩行訓練開始判断が焦点 県高体連詳細把握せず

遠征登山で遭難事故を起こす原因の一つに『せっかく時間・お金をかけて現地まで来たのに何もできず手ぶらで帰るのは嫌(天気は悪そうだがギリギリ大丈夫)』という物惜しみもある。冬山は特に気象条件が悪ければ撤退が原則だが、『登山で斜面を登らず、麓付近の樹林帯でラッセル訓練なら何とかいける』の見通しが甘かった。

新聞記事の詳細な時系列では、前日午前に既に翌日の『大雪・なだれ注意報』が出ていた。午前2時には積雪2センチで降ってないが、午前6時には積雪24センチ、一晩で大量の雪が降った。わずかな温度上昇で表層雪崩が起こりやすい、上に柔らかい雪が積んだ状況になっていた。スキー場の麓近くでも雪崩は来る。

自然の冬山は危険だが、人工的に圧雪管理されたスキー場なら比較的安全という意識は根強いが、この登山講習が行われた時にはスキー場はシーズンオフで、雪面のチェック・管理の作業は行われていなかっただろう。3月の気温変化と一晩での大雪、当日の吹雪、斜面下のラッセルの条件から、スキー場に出る事も危なかった。

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