インスタグラマーの店舗内での撮影はどこまで許されるか?:商品買わずに撮影はOKか否か

店舗の種類や撮影の頻度、商品の扱い方、他の客への影響によるが、市場縮小のレコード店の業種では『商売への影響』は限定的で『店主・店員の印象や考え方』次第だろう。

若い女性たち「インスタ映えする」、商品買わないのに撮影…退店命じることは可能?

『商品を買わずに撮影している人』であっても、数十秒で1~2枚だけさっと撮影して立ち去る人と数分間以上も同じ場所に居座ってポーズや配置を変えて10枚以上も撮影する人では全く印象・影響は異なる。撮影禁止ルールを掲げてる店ではすべきでないが、店員が『撮影はご遠慮ください』と一声かければ大半は帰るだろう。

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従来の夫婦関係の常識を否定する『共生婚』はありか?:男女の結びつきを超えた相互扶助の模索

日本の結婚は昭和期まで『異性として好きか』より『家の釣り合い・結婚や出産の義務・女性の扶養』が重視されていたから、共生婚でなくても恋愛結婚や自発的な婚内交渉は元々少なかった面はある。

部屋も別、性もナシの夫婦…話題の「共生婚」って楽しい?

共生婚というコンセプトは新しいものに見えるが、昔は性的に物凄く好きでなくても、個人の感情や好き嫌いは少し脇に置いて『家・子供のための結婚生活の責務』を最低限果たすといった意識が今よりも強かったという意味で、『子作り・配偶者の世話や互助・家庭生活や実家の問題の共有はする共生婚』に近い人も多かっただろう。

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“運命の恋人”に人は出会えるのか?:偶然を必然とナチュラルに思い込める出会い

人生の各時点の出来事は『一回性』で過ぎ去り、年齢や人生が不可逆な事を考えれば、付き合った人や知り合った人は全て『運命の人』ではある。『運命の人=全き理想・幸福の体現者』ではないが、自分流の物語性が腑に落ちるか否かで明暗は分かれる。

運命の恋人に出会うための3つのヒントって?

『運命』というと何か特別な人物との出会いや驚くような事象のイメージを持たれやすいが、何をしていても不可逆に時間は流れ『運命としての選択・分岐・結果』はかつ浮かびかつ消えている。運命は男女・家族といった対人的なものに限らず、一回限りの生を瞬間瞬間に決定し過去に押し流す『今』に留まる事を拒絶する摂理でもあるように思う。

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現代における共同体(コミュニティ)と共同生活の可能性:生活の必要や強制・責任の弱いコミュニティは長く維持できるか?

共同体は『嫌なら抜ける・落ちた個人は切る・自腹を切らない』では長く続かない。『人の選別・価値観・哲学でつながる共同体』は余裕ある時期の拠点に近いだろう。

作家が4人で同居?渋谷で始まった共同体とは。「一人でも生きていける」40人が19部屋に

『愛情がないのに金銭や子どもを理由に離婚できない仮面夫婦』は嫌なものだが、『常に好きな人・刺激を受ける人だけに囲まれて相互扶助も機能し続ける共同体構想』というのは非現実的なユートピアニズムだろう。『理念・哲学・価値観』だけの共同体構想の多くは長期持続性を持たず内部対立か自然消滅の経緯を辿りやすい。

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マイナンバーカードはなぜ普及しないのか?:マイナンバーカードの必須性が免許証・保険証に及ばない

マイナンバーカードは本来『行政コストの削減・縦割り行政の重複業務廃止』とセットでないと無意味だ。免許証や保険証をマイナンバーカードに統合しないと普及しない。

マイナンバーカードの活用、マイナンバー活用とは「別物」…チケット転売防止などにも

マイナンバーをカード券面に記載しない方がセキュリティ上の安心感はあるかもしれないが、マイナンバーカード自体で預貯金を引き出したりすることは不可能で、顔写真つきなので不正な消費者金融での借入にも使いにくい。電子マネーになるわけでもない。クレジットカードの方が落とした場合の損害リスクや不安は大きい。

マイナポータルで『納税・年金納付・医療受診の履歴』など個人情報を閲覧することができるようにはなるが、一般庶民のそんな情報を閲覧してもメリットがなく(大勢のビッグデータや名簿作成ならともかく)、カードがあってもログインするのに暗証番号が必要になる。現状でマイナンバーカードは個人認証しか使途がない。

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