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『アラブの春』を寒風に変えたシリア内戦の泥沼2:アメリカ主導の中東民主化の機能不全と大国の中東政策の自己矛盾

シリアは前近代的な家産的官僚制に支えられた王政(アサド一族の王権)であるから、王政を転覆しようとする反体制運動を暴力で鎮圧することに躊躇がないし、アサド政権に味方する軍・治安部隊も『国民の保護者・奉仕者としての意識』をそもそも持っておらず、『アサド家の軍隊としての意識(前近代的な専制君主やその体制に忠誠を誓った軍隊のような意識)』のほうが強いだろう。

『アラブの春』を寒風に変えたシリア内戦の泥沼1:アラブの春の総体的な挫折とシリアの国民アイデンティティの分断・拡散

国民を守るための軍隊なのではなく、アサド家の王政的な体制を守ための軍隊としてしか機能していないことからも明らかであるが、アサド大統領の独裁体制が長らく国際的にも承認されてきた理由の一つは、『シリア・ムスリム同胞団の防波堤(イスラム原理主義勢力の抑圧体制)』としてアサド体制が機能していたからであった。

中東の国々が民主化して世俗主義(ある意味では親米・国際協調路線)の独裁者を追放すれば、大衆が素朴に信仰しているイスラームの影響はどうしても強くなり、正当な選挙を行えば『ムスリム同胞団の宗教政党』が勝って、次第に政教一致体制・反資本主義(反グローバル化)の宗教国家の趣きが強まっていく。

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『アラブの春』を寒風に変えたシリア内戦の泥沼1:アラブの春の総体的な挫折とシリアの国民アイデンティティの分断・拡散

北アフリカの大国エジプトが、長期独裁を敷いていたホスニー・ムバラク大統領を追放したことで、チュニジアから始まった『アラブの春』の風は更に勢いを増すかに見えたが、シリアのバシャール・アサド政権の強大な軍事力と体制の前に民衆が起こした独裁打倒の春風は押し返された。2011年3月から始まったシリア内戦は『今世紀最大の人道危機』として吹雪のような寒風を吹かせ続け、シリア国民は同じ国民を14万人以上も殺害して、200万人以上ものシリア国民が自分たちの国を捨てて難民と化した。

いったん独裁を崩して民主化に進むかに見えたエジプトやリビアでも、『軍事独裁・部族政治(宗教政治)へのバックラッシュ』が起こり始めており、『民主的な普通選挙の結果・イスラム宗教勢力(個人の生活面まで規制する宗教原則)の台頭』が気に食わないとする民衆が暴力的デモを起こした。エジプトでは民主主義政治を暴力・威圧の実力でひっくり返せる軍部(世俗派)を支持する動きが強まり、軍部と大衆がリンクすることで『選挙で選ばれたモルシ大統領』をムスリム同胞団の傀儡(世俗主義を否定したり経済状況を悪化させる敵)だとして追い出してしまった。

エジプトやリビアにおける民主主義の機能不全は、北アフリカや中東のムスリム国家が『近代化を可能とする自律的・民主的な個人』によって構成されていないことの現れでもある。端的にはシリアもそうであるがこれらの国々では『自律的な個人の観念・判断』などは存在せず、『部族集団の一員・宗教団体の一員・軍部の一員』といった強力かつ変更困難な派閥意識(利害関係)が先にあって、エジプト人やシリア人といった『統合的な国民アイデンティティ』は自明かつ持続的なものには全くなっていない。

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台湾海峡問題の緊張緩和と民主的意思決定に抗えないアメリカ

中国と台湾との外交関係の緊張は、中国が台湾を強制的に武力征服することが可能な『軍事力の近代化(1000発以上のミサイル配備)』を終えると見られた2000年代後半にピークに達した。

アメリカは中国に対して、もし台湾にミサイル攻撃を仕掛けて武力で併合しようとするようなことがあれば、米軍は即座に台湾を軍事支援して独立を守りきる(米国には台湾の民主政体を防衛する義務がある)という通告を出し、日本でも台湾海峡危機を見据えた米軍に協力する有事法制(周辺事態法)が制定されたりもした。

台湾海峡問題は長らく、沖縄県に駐留する在日米軍・第七艦隊の存在意義の一つであると同時に、中国共産党(毛沢東)と国民党(蒋介石)の内戦という負の歴史が残した東アジア混乱の導火線であった。

だが、2008年に国民党の馬英九(対中融和派)が台湾の政権を取ってからは『民間経済(貿易・投資・観光・人材)の交流拡大路線』に転向し、中国大陸との政治的な独立を巡る争いは棚上げされた形となったため、台湾人の大陸に対する印象も以前より改善しているとされる。

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労働者派遣法の改正:新卒キャリア以外で非正規の働き方が当たり前化する雇用トレンドをどう見るか。

正規雇用と非正規雇用の待遇格差が問題視され始めてから10年以上の歳月が流れたが、全雇用に占める非正規雇用の比率は上昇を続けており、『非正規(短時間労働)を希望する人・学生や主婦のアルバイト(パート)』なども含めてではあるが、非正規率が30%以上を占めるようになってきた。

3人に1人が非正規雇用と言われる中、『同一価値労働・同一賃金の原則』が通用しない雇用待遇に関する不満がでたり、『全力就活(一度の就活で生涯のキャリアや職業的地位が決まるといった階層社会的な考え方)』を意識して、就職が決まらないだけで人生・仕事がダメになると思い込み、精神的に追い詰められる学生(その極端な事例としての就活自殺・精神病の発症など)が増えたとも言われる。

かつて学生のアルバイトというと『生活費・学費以外の自分の自由にできるお小遣い』を稼ぐための短時間の仕事というイメージが強かったが、現在では授業料・生活費(家賃・食費など)のすべてを親が出せるような裕福な家計が激減し、学生であっても『学校に通うため・生活するため』の絶対にしなければならないバイトに従事する人が増えている。

主婦のパートも学生のアルバイトも、以前のように『してもしなくても良い仕事』の位置づけから外れつつあり、『必要な生活費・学費などを稼ぐための仕事』になっている現状がある。このことが『試験前でも休めないバイト・バイトなのにフルタイム並みに長く拘束される仕事(責任やノルマを厳しく課される仕事)』などを生み出し、学業・通学とバイトの比重が逆転してしまう『ブラックバイト』といった言葉もでてきた。

厚生労働省の労働政策審議会が『労働者派遣法』の改正を検討しているが、この改正では通訳・秘書・貿易事務などの『原則無期契約の専門26業務の区分』が廃止されて、すべての職業分野において派遣で雇われる人は、派遣会社との間で『有期契約か無期契約かの契約』をすることになる。

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NHKの籾井勝人会長の発言と『公共放送の政府との距離』

NHKの籾井勝人会長の人事は、先日健康上の問題で検査入院となった内閣法制局の小松一郎局長の人事にも似ているが、『政府(安倍政権)の代弁者に近い役割を果たそうとする人物』が、『判断・職務の自主自律が前提となる公的組織』のトップに就いたという構造的問題を孕んでいる。

法律・政令・条約案の審査および法令の合憲解釈と調査を担う内閣法制局は、『法の番人』として最高裁判所と双璧を為す法律(法権力)の有効性を調整し判断する機関であり、安倍政権下では『集団的自衛権の解釈改憲(条文改正なしでの日米同盟を前提とする集団安保)』をどのように判断するかに注目が為されることが多い。

内閣法制局長は内閣の一員ではあるが、政府・首相の見解や恣意的な国益の主張に追随して後押しする立場ではなく、『客観的・中立的・立憲的な見地』に立って閣議に付される法律案や行政施策が、現状の憲法と法律に矛盾・違反なく整合しているかを判断しなければならない立場にある。

ここに安倍首相が個人的に交遊が深く価値観も一致しているとされる小松一郎氏を配置したことで、内閣法制局の中立性や前例からの合理的判断に変化が生じるのではないかという疑いが持たれたりもしたが、NHK会長という職務も『公共放送の中立性・客観性・国際性』を担わなければならない立場にある。

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“先行する先進国”と“後続する新興国”の優劣意識(対立図式)と歴史解釈による自己正当化の競争。安倍首相の発言から近代国家を考える:2

『戦後レジームからの脱却』が『戦前レジームへの復古』になるのであれば、近代国家はお互いに支配圏の膨張と国民動員型(戦える国民の教育)の戦争を繰り返す『戦争機械』としての宿命を背負い、国家は軍事的・経済的なパワーバランスの中で領土・利益を増やそうとする戦いをただ繰り返すだけの集合体になってしまう。

現在の日中関係は、第一次世界大戦前夜の英独関係に似ているか?安倍首相の発言から近代国家を考える:1

こういった近代国家の戦争機械(愛国心を基軸として個人と国家を同一化させる国民動員・国民教育のシステム)としての捉え方は、『旧日本の絶対的国防圏・ナチスが唱えたドイツ民族の生存圏・漢民族の核心的利益』などの有機体的国家論の膨張主義・自衛を偽装した侵略戦争(植民地支配)へと必然的につながり、『国家は外国と武力で戦ってでも膨張・発展しようとする自然的本性を持つ(実際には近代国家は自然発生的ではなく外圧・産業・教育による人為的な要素を多分に持つが)』ということを支配階層の欲望(その欲望・救済の物語を国民にコピーする教育やメディア)の免罪符にしてしまう。

かつてドイツをナチズムへと誘導する一助を担った政治思想家のカール・E・N・ハウスホーファーは、ナチスドイツの膨張主義的な軍事政策・植民地拡大を後押しするかのように、『国家が発展的に生存していくためには、ある一定以上の大きさを持った生存圏を確保し、他国との貿易や交渉に依存しなくても良い自給自足が可能な産業・資源を支配しなければならずそれは強大な国家の正当な権利である』と記したが、この一定以上の大きさの生存圏は恣意的に拡大されて結局は欧州全土を超える範囲までドイツ民族の正当な生存圏だという誇大妄想に国民が冒されていった。

こういった思想は、ドイツの地政学の祖であるフリードリヒ・ラッツェルの国家を一つの成長を続ける生き物に見立てて、国民ひとりひとりを細胞・部品のように扱う『生存圏理論』から始まっているが、拡張主義や軍拡が批判される中国の核心的利益なども、こういった地政学的な生存圏拡大(その生存圏は自然由来の正当性があるという主張)の思想の焼き直しである。

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