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「嫌です」が言えない自分を変えられる方法、 ダウン症のイケメンと差別心理・自己客観視の能力

○サラリーマンか自営業・フリーかでも違うし、その人の能力・信用・評価でも違う。「明らかな体力気力の限界」か「自分の能力や適性の完全な不足」がなければ大半はやるだろう。マルチタスクの過労死ラインなら事情を話して断るべきだが。

「できません」「嫌です」が言えない自分を変える方法

経済的に余裕があってその仕事の収入がなくてもいい、業界での評価や信用が高いなら「仕事を選べる立場」で断っても良い。仕事を選べる立場かどうかは、断った後にも人間関係が壊れずに次の仕事・役割があるかどうかという違いである。「実績なしのできませんの連続」だと、仕事や居場所がなくなり冷遇されるリスクがある。

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人間はなぜ働くのか?:労働の起源と近代の仕事の変化からの考察、考えすぎる現代人はなぜ子供を産まなくなってきたのか?

○人類の労働の起源は「狩猟採集・農耕牧畜・手工業」にあるが、財の蓄積によって組織・身分・官吏が生まれ労働は自然な生存の必要から離れ、人の迷い・悩み・自意識と関わり始めた。

なぜ人は働くのか?――1位「生きていくため」 3人に1人は仕事が「嫌い」と回答 (http://mixi.at/agznDSR、10月28日)

原始時代の人間にとっての労働は正に動物としての生存本能と直結しており、「今日働かなければ食べるものがない自然界」では、狩猟採集をするしかない。常に飢えとの戦いで他にやる事もない(食料探しに奔走しても20代で死んだ)。前近代の人間も身分制と労働が結合していて「なぜ人は働くのか?」の疑問は弱かった。

人間の労働意識に決定的な転機をもたらしたのは「貨幣経済・近代化・技術革新・生活水準の向上と学歴競争・庶民の精神的貴族主義」だが、人間が磐石な生産基盤を持つ文明社会と身分・階級・私有財を構築し始めた辺りから、人は「自然界で家族・部族の単位で食べ物を探す労働」から離れ、誰かの下で働く労働にシフトした。

近代化とは「国民意識・軍事・金銭・技術」が急速に発達したり肥大したりする変化だが、近代化と貨幣経済によって農業経済の「家族単位で食べ物を作ったり取ったりするための労働」から「上下関係のある組織(所属する会社組織にも権威・収入・信用などの格差がある)に雇われてお金を稼ぐための労働」にシフトした。

人が働く理由の根本は「生きるため」と「人(所属集団・社会)に認められるため」だが、現代と近代以前では産業構造の転換もあって同じ「働く行為」でもその目的と中身が変わってきた。第一次産業や第二次産業の「モノと向き合う仕事」は減り、年功主義の形式的平等も減り、個人単位の適性・能力・意欲の差が大きくなった。

なぜ働くのかの理由は「生きるため・お金を稼ぐため」という即物的な理由もあるが、「人に認められるため・日常の居場所や共同体を作るため・誰かの役に立ち喜ばせるため(自己の必要性の自覚)」という心情的な理由もあるだろう。「やりたい事や長所で稼いで生きるため・権力や財力を得るため」など野心的な理由もある。

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田部井淳子「再発!それでもわたしは山に登る」を読んでの感想、「人間性の弱さ・醜さ」の受け止め方

○田部井淳子さんといえば女性初のエベレスト登頂、七大陸世界最高峰登頂の記録で知られる人だが、七大陸最高峰の記録は53歳時のもので、非常に根気強く死ぬ直前まで山に登り続けた登山家である。「再発!それでもわたしは山に登る」を読んでいるが登山家は晩年のエピソードも超人的で面白い人が多い。田部井さんも例外ではない。

腹膜がん発見後も登山と仕事のペースを変えず、東ティモール、ニカラグア、アンドラ公園の山に登り、自分が来ることを待つ人がいる登山イベント全てに顔を出すだけでなく一緒に登頂している。がん末期の呼吸困難に際し、エベレスト登頂時の酸素濃度の低さ・つらさに相当する感じで本当にきつそうだという、旦那さん経由の推測的な感想も田部井さんらしい。

抗がん剤の副作用で手足のしびれが出た事で、5000m峰以上の高山登山の仕事の約束を果たせずに残念、申し訳ないという感想を漏らすが、普通74歳で富士山だって登れない人が大半だ。足腰に絶対の自信があった田部井も弱り、電車に乗るのがつらい、階段を上るのが大変と思い始めるが死ぬ直前まで国内の登山は続けた。

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モテる女性とモテない女性、「人並みの容姿」があれば美人かどうかは決定的に重要なわけでもない、結婚は女性ばかりに負担が多い制度なのか?

美人・セクシーかどうかは余り関係なく、「近寄りやすい話し方・柔らかい雰囲気で女性らしい感じの人」は若ければモテる。中等度前後の魅力があれば、「話し方・表情・態度」が誰に対しても雑でなく真面目・誠実に対応するだけで男は来る。

嫉妬が渦巻くネット社会 「モテすぎる」美女の苦悩(http://mixi.at/agv4VVq、10月24日)

男性の大半は拒絶に敏感で、話しかけて反応が冷たければ(薄ければ)面白くない相手として近づかない、モテたくなければ「無視に近いそっけない態度・目を見ず笑顔を出さない・質問に対する答えは面倒くさげにワンフレーズ(会話を続けない・すぐにその場を離れる)・事務的な表情と対応で愛想なし」で9割方は去るだろう。

容姿はそこそこでモテまくる人というのは、やはり本人が意識していなくても「表情・態度・反応に愛嬌や温かみが合って、男を勘違いさせたり男が安心して近づける(話しかけたら可愛らしい反応が返ってきて会話が続きやすいタイプ」ということは言える。

モテない人というか普通の人は、やはり相手によって愛嬌や反応に相当に大きな温度差があって、よく知らない男性が話しかけても「もっと話したくなる表情や反応を見せないこと」の方が多いから、それ以上相手が距離を詰めてくることがないのである。派手な美人が笑顔を見せず冷たい対応を一つ返すだけで男の大半は退散する…。

例えば、よく知らない男から「その髪型、似合ってるね」と言われた時、普通の女性は表情なしで「そうですか(あんたに関係ないでしょ)」なそっけない対応が多いが、モテると悩む女性は笑顔で「ありがとうございます。嬉しいです。でも髪が傷みやすくて…この色変じゃないですか云々…」の会話が続くリップサービスが多い。

「そうですか(あんたに関係ないでしょ)」のそっけない対応で目が合わない、体が逃げ腰(会話したくない空気)な感じだと、男もそれ以上余計なことを言いにくいが、後者の会話の糸口を与え笑顔・目を見る・その場にとどまる姿勢だと、「髪質、ものすごく綺麗に見えるけど云々」でエンドレスな口説きに入ってくる。

面と向かって拒絶的な空気(あなたに全く興味ないの感じ)を出せない、相手の話題に真面目に付き合いすぎる(自分から適当に話を切ってその場を離れられない)というだけで、若いそこそこの見た目の女性は不特定多数の有象無象にはモテるだろうが、本心ではどうでもいい人の相手にも時間・労力を費やして疲れるだろう。

こういった人は「八方美人」とも言えるが「自分自身が誰にも嫌われたくない(ネガティブな印象を持たれたくない)」ので、なかなか染み付いた性格行動パターンは変えにくい。モテる面倒くささに気づいて好印象な対応を辞める人も当然多い。珍しい話でもなく若くて並の容姿で、男に対し平等に受容的にすれば面倒な奴も来る。

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若者が選挙の投票に行かない理由、PCデポの解約料21万円は高いけれど「訪問サービス」はコストもかかる

○政治に正解はないが、政治の選択や政党の支持には「理由・立場・利害・思想」がある。若者の多くには「政治選択の決め手となる理由・立場(ポジション)」が欠けている。

「間違った投票をしたくない」は正しい? 選挙に行かない若者の「言い分」 投票に尻込みする胸の内… (http://mixi.at/agt4anL、10月22日)

投票をする大人でも「自民党・安倍首相が絶対に正しいと思っている人」もいれば、「自民党・安倍首相だけには絶対に政治を任せてはならないと思っている人」もいるが、どちらの政治選択が正しいとか間違っているとかはない。前者も後者も政治選択をする人それぞれの「理由・立場・利害・思想」に基づいているだけである。

政治に「唯一の正解・普遍の歴史法則」があるとして全員を従わせようとして悲劇を招いた思想として、かつて史的唯物論・暴力革命を前提として科学的社会主義を標榜した共産主義思想(マルクス主義)があった。あるいは、個人は国家・民族の維持発展のために滅私奉公すべきとする極右の民族主義・国粋主義があった。

国家を覆い尽くした共産主義も民族主義も、それに反対する大勢の人たちを監禁・投獄したり虐待・虐殺したりした。両者は異論を許さずに踏み絵を踏ませて裏切り者を炙り出す性質を持った。同じ人間・国民であっても残酷なことができたのは、「絶対に正しい前提・我々は間違わない」が虐殺・弾圧を正当化したからである。

普通選挙と投票権とは何か、「絶対に正しい政治・前提」などはこの世にはないこと、正しいと思い込んでもしてはならない政治決断があること、権力は国民個々人(人権を持つ主権者)から一時的に付託されているに過ぎないことを確認する文明人の儀式である。「異論反論・反対勢力の存在」を認めるからこそ選挙をするのだ。

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「戦後レジーム転換・9条改憲」の根底にあるものは何か?:戦前戦後の国民意識と東アジア情勢

○日本国憲法の平和主義の特異性は、戦後70年、自国の公権力による「戦争への動員・使役」を許さなかった事にあるが、近代国家の歴史では外国と同等以上に自国と世論による人権侵害が多かった。

《憲法改正論議》衆院選公約にみる各党スタンスと9条以外の論点は? (http://mixi.at/agtKNmK、10月22日)

9条改憲派は「中国・北朝鮮・韓国などの外国の脅威」を重視し、その脅威に備えて軍事力を強化して自衛隊の活動範囲を拡張すべきだとする。緊急事態対処のための軍拡や人権停止、戦う愛国心教育などを認めるべきとする考え方も含まれるが、現行憲法の「個人の自由的な尊厳原理」より「民族の集合的な尊厳原理」に立脚する。

戦後レジーム転換の目論見や改憲思想の根底にあるのは、国家的・民族的な「我々意識」を仮想敵との対立図式の下に復権させようとするある種の近代国民国家(国家のための国民の奉仕)の原点へのバックラッシュである。戦後日本の個人主義や自由主義よりも、戦前の我々日本人のムラ社会的なコミュニティ主義が好きというのもある。

日本国憲法の戦後日本への影響は「安全保障+民族主義・愛国心教育+ムラ社会の結合」を「敗戦の国民の被害者意識」の下に短期間で解体した事にあった。戦前は「日本人なら戦争に喜んで協力して当然、天皇陛下のための死は名誉、戦争忌避は非国民・村八分」という民族意識が安全保障と教育・地域を経由して結合していた。

戦争によって一般国民が利益を得ることはまずないし、改憲派の人でさえ「一般人で戦争をしたい人はいないが、不本意であっても仮想敵の攻撃・侵略によって戦争に巻き込まれる恐れがあるから、緊急事態に備えなければならない」という考え方の人は多い。現行9条はそもそも論のレベルで「戦争の可能性」を潰した特殊性がある。

9条改憲反対や護憲派はそもそも論のレベルで国家に絶対に戦争ができないようにしよう(国家が国民の同意なく個人を動員・使役できないようにしよう)とする「立憲主義のプロトコール重視派」と考えることができる。改憲派の教条主義では、9条維持を「中国・北朝鮮の利敵行為」のように捉えるが、護憲派は普遍主義に近い。

つまり「一般人で戦争をしたい人はいないが、不本意であっても仮想敵の攻撃・侵略によって戦争に巻き込まれる恐れがあるから、緊急事態に?」という日本人の考え方は、中国人や北朝鮮人にも当てはまるのではないか、未来で個人の尊厳原理を普遍的なものとして拡張すべきというのが9条護憲のプロトコール重視の思想だろう。

戦前日本では、一般国民が「私は戦争に反対なので参加しません・動員や命令を受けるつもりはありません」という自己主張や選択をすることは実質的に不可能で、共同体から排除されれば生存が困難だった。それと同じような公権力主導の強制・誘導が中国人や北朝鮮人にもあるのではないかという推測はあながち的外れでもない。

戦争ができる国家体制の整備は、自分と国家・民族をどれだけ一体化させているのかによって価値判断が大きく変わってくる。「国家の自立・軍事的な独立」や「自主憲法の制定」を金科玉条とする改憲派であれば、自分と国家・民族はほぼ一体化し、個人はいわば国家・民族の維持発展の構成要素となる。

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