「コミュニケーション」タグアーカイブ

動物虐待をする子供の心理:親の育て方や動物への接し方による子供の情操教育

動物虐待は『生命(人生)の価値の懐疑』とセットになった反社会性だが、自分が愛情や共感を受けてこなかった成育歴が関係する事も多い。なぜ動物・人を殺してはいけないのかという倫理的な問いかけに対して、『相手の立場に立った想像力』がほとんど働かないか、相手の痛みや不快を無視した行動を反射的にやってしまう。

激しい暴力でよその飼い犬を殺した小学生。重い刑の可能性も

小さな子供は大半は犬・猫・うさぎ・鳥などの動物が好きなもので、ちょっと触れば『ふわふわして可愛い』とはしゃぎ、動物と目が合ったり餌を食べにちょこちょこ近づいて来ると『自分になついて可愛い・うちでも飼ってみたい』となるものである。

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ネット論壇の有名人と個人ブロガーの存在感の低下(RSSリーダーの消滅)

ウェブ論壇なる書籍もあったが、きっこや山本一郎、ちきりん等は『ブログ全盛期』の2005年~が注目度が一番高かった時期かも。2010年頃まではざっとチェックしてたがツイッター論戦がメインの時代になってからは読んでないし、全体的に見てもソリッドな主張・見識が目立つ個人ブロガーはあまりでなくなってきているように感じる。

「ネット論壇」を語るなら、知ってて当然な基礎知識

ネット論壇は『同じテーマの議論の角度や材料を変えた繰り返し』といった様相が出てきてから、新規参入者が減ってかつてほどの盛況を見なくなった。ブログのトラックバック機能(他ブログへの言及機能)がほとんど使われなくなった変化やmixiのログイン率の低下(mixi内の議論の不活性化)とも重なるかもしれない。

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美人と性格:美人は性格が良いのか悪いのか?

同時代を生きる大多数の人が容貌・外見の魅力を認めるいわゆる『美人』であっても、周囲に温かさ(近づきやすさ)の印象を与える『陽性・開放・親切の性格傾向』を持つ美人もいれば、周囲に冷たさ(近づきにくさ)の印象を与える『陰性・閉鎖・冷淡の性格傾向』を持つ美人もいて一概に言えない。

外見と性格、社会適応(常識的なライフスタイル)の双方に恵まれたオールマイティーな評価を得やすい前者が『本物の美人』と呼ばれることは多い。だが、それはその人と接する人が『気持ちの良い付き合い・心地よい印象・実害を与えられない安心感』を得られるから本物の美人と決めているだけで、外見上の造形や美観のレベルのみでは後者の冷たくとっつきにくい印象や他者をコントロールするような傲慢な印象を与えるタイプも『偽物の美人』とまでは言えないだろう。

遺伝的形質としての美の素因に恵まれていても、生得的な『外向性』と『内向性』の気質の偏りはやはりあるし、『家庭環境・教育水準・交友関係・金銭感覚・異性関係』によって思春期以降にはかなり多様な性格形成の差異やコミュニケーションの質の高低が生じてくることになる。

美も経済力と同じく『持てる者の余裕』を生み出す部分はあり、『持たざる者の嫉妬・怒り・怨嗟』とは概ね無縁であるが、それは言い換えれば『実体験・内面の苦悩としては容姿や貧困の悩み』に共感しづらいか上手くできないということを意味する。

『持てる者が表層的な同情・共感』を示すと、それが『どうせ自分自身には関係のない悩みのはずなのに悩んでいる振りをして』という形で傲慢不遜な態度や虚偽的な見せかけとして否定的に受け取られる可能性が常にあるということである。

美人でも容姿のコンプレックスはどこかしらあるだろうし、金持ちだって金銭の不安や節約(貧困になるかもしれないという蓋然性)と無縁ではないのだが、そういった欲を言えば切りがない類の悩みは『平均以上に持てる者の贅沢な悩み』として解釈されるだけである。

美人は『人から愛される・人から好かれる・人が寄ってきたり親切にしてもらえる』ことによって、『他者=自分を傷つけたり騙したりする敵・社会=自分を認めてくれない面白くない場』という悲観的な世界観やひねくれた攻撃的な態度を身につけにくい傾向(他者・社会に対して温和かつ友好的に適応しやすい傾向)はある。

しかし、他者から無条件に認められたり愛されたり親切にされたりする経験に対して、小学校高学年くらいからの思春期以降に『他者への感謝・協調・思いやり(=好意の返報性・社会的自己の自覚)』を持てるか、『自分の思い通りになる他者のコントロール感(=自己の特別視と他者の劣等視・自己愛の過剰)』を肥大させていくかで、性格の良し悪しは次第に分岐していく。

異性としての性的魅力は『自分が好きになれないタイプの異性』を惹きつける恐れがあるので、人によっては戦略的に『自分に必要ではないタイプの異性』を近づけないための予防線として『冷たさ・無愛想・無反応』を強調する人もいる。

逆に、『自分とお近づきになろうと思って近寄ってくる他者』を何らかの利益や利便に変えて利用できるのではないかという功利主義の計算を強めていく美人もいるだろう。人目を引くだけの美人になれば、自分が人並み以上に他人や異性を惹きつけるということにはいずれ自覚的にならざるを得ないが、その自覚そのものを性格の悪さとするのは嫉妬に過ぎず、『自覚された自己イメージの解釈・扱い方』にその人の段階的な人格・人柄の形成プロセスが現れてくる。

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モラルハラスメントに苦しめられる人:モラハラによる無意識的な洗脳・暗示

精神的虐待のモラハラは多義的概念だが、端的に『一緒にいると自分に自信や気力がなくなっていく相手』は間接のモラハラ(価値引下げの暗示)を行っている可能性があり、人間的な相性が悪い。やはり、一緒にいて自信や活力を与え合えるような相手が最も良いのだが、モラハラの最中にいる時には『相手の本質』に気づけないものでもある。

三船美佳さんも悩んでいた? 「モラハラ」最新事情

自分に対する肯定・同意がなく、否定(ダメだし)や人格批判ばかりの相手は、本来付き合うべき価値や必要に乏しい。自分が悪いから仕方ないの方向でモラハラの自己暗示にかかるケースもあるが、犯罪・迷惑行為をしてるわけでもなければ、毎回『意欲・気力が挫かれる不快なメッセージ』を聞く関係の反復は人生のロスだろう。

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キャバクラより居酒屋という若者が8割:夜の飲み屋の女性の魅力やコミュニケーション技術

キャバクラに自ら行きたいとは思わないが、『男性のコミュニケーションスキル(共感・話題の広げ方)+擬似恋愛への適応』がないと楽しめない場ではある。持ち上げられて自分を否定されない会話を楽しみたい、日常で接点がないタイプの見栄えのする女性(外見や話術を磨いている女性・派手目の若い女性など)との交遊を楽しみたい人向けのサービスだと思う。

男子8割「キャバクラより居酒屋」

しかし、夜の商売全般に言えるが、その中でもトップクラスの人材には、女性の分かりやすい色気や誘いだけに依拠しない『初対面の相手のホスピタリティ・話題の合わせ方と広げ方』において抜きん出た才覚や情報収集力を持つ人もいる。『相手を楽しませる話し方・好かれる反応や表情』がどういったものか意外に掴みづらいもの。

男性に置き換えても、『話していてもっと話を聴いて欲しくなる人・もう一度この人に会いたいと思わせる人』は、その人間性やコミュニケーション技術を上手く応用できれば、接遇を要すビジネスパーソンとしての素質の一部になる。それは単なるイエスマンとは違う個性であり、意識して磨き抜くのが難しい要素でもある。

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連れ添った夫婦の性関係はなぜ減少しやすいのか?結婚制度の歴史と異性関係のリアルな心理

生活時間を長く共有すると性的対象として見づらくなるのは、人間の生理学的な脳機能とも関係した普遍的変化で、性愛を生殖以外の刺激・楽しみとして見れば、家族制は『非自然的=倫理的なもの・意識と責任感で貞操を守るもの』と言わざるを得ない部分もあるのだろう。

性交渉のない既婚男女増加=若年男性「草食化」も―家族計画協会

日常生活の繰り返しと性愛の刺激との両立困難性、夫婦間の性的興味の低下は、今に始まった問題でもない。近代初期にも旦那衆等と呼ばれた富裕層は『生活の為の本妻』と『楽しみの為の妾(愛人)』を別枠とした。浮気は男の甲斐性や旦那(パトロン)・妾という言葉は、現在では男女差別の概念だが、性愛に関する人間の動物的本性の抽出か。

近代的な結婚制度や家族制度は『一夫一妻のエートス』によって、労働意欲や社会秩序、男女の充足感の形式的平等(外見・財力の性愛格差の隠蔽化)を支えているが、『浮気・不倫をされる不安感や倫理的な怒り』は昔のように必ずしも女性に特有ではない。男女間の主観的な力関係の認識に基づき被害感は変わる。

女性原理や女性の性的魅力の優位が強まる現代では、『女性に振られる・裏切られる悲しみや未練』を抱えた男(ストーカー化・うつ化男)が増える現象面の変化もある。この特定の男性(女性)から裏切られたり捨てられたりしたら生きていけないの『主観的な力関係の認識』は、『心理』と『経済』の二面から見る必要がある。

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